2019.07.01

原口文仁は系譜を受け継ぐか。
八木裕から始まった阪神「代打の神様」

  • 中田ボンベ@dcp●文 text by Nakata Bonbe
  • photo by Kyodo News

○桧山進次郎(1992年~2013年)

 八木の引退後は、広島から移籍してきた町田公二郎などが代打に起用されることが多かったが、2代目代打の神様となったのは1990年代の低迷期よりチームを支えてきた桧山進次郎だった。長くクリーンアップを担ってきた桧山は、成績の低迷により控えに回ることが多くなり、2006年ごろから代打起用が増加。当初は結果を残すことができなかったが、2008年には代打打率3割を超え、いつしか「代打の神様」と呼ばれるようになる。

 「代打の神様」と呼ばれるようになった後は、一時低迷するもコンスタントに結果を残し続け、2010年には球団記録となる代打通算109安打を記録。引退する2013年には、球団最多、リーグ記録でも2位となる代打通算155安打に達した。代打通算打点も八木を抜いて球団トップとなる111打点を記録。現役最後の試合となった2013年のCSファーストステージ第2戦では、5点を追う9回裏に代打で出場して見事に2ランを放ち、代打の神様にふさわしい有終の美を飾った。

○関本賢太郎(1997年~2015年)

 桧山の次に「代打の神様」を継承したのが、ユーティリティープレーヤーとしてチームに欠かせない存在だった関本だ。2004年と早い時期から代打として起用されていたが、本格的に代打起用が増えたのは2010年シーズン。この年は、代打打率.355を記録するなど勝負強さが目立った。2012年には開幕戦で代打3ランを放つなど活躍し、先代の桧山が引退した2014年には、その桧山以来の代打満塁ホームランも記録。桧山から受け継いだ「代打の神様」の名前にふさわしい活躍を見せた。

○狩野恵輔(2001年~2017年)

 関本から「代打の神様」の称号を受け継いだのが、当時入団14年目だった狩野だ。打撃が魅力の捕手として期待された狩野だったが、矢野や城島といったベテランの活躍やケガの影響でレギュラーをつかむことができず、2011年には外野手に挑戦。しかし腰の椎間板ヘルニアが悪化し、満足にプレーすることができなかった。その後、2014年に日本シリーズで代打に起用されて結果を残したことが転機となり、2015年には離脱した関本に代わる代打の神様(の代役)として勝負どころで起用された。残念ながら先人たちのように球史に残る代打記録はないが、度重なるケガから何度も復活し、チームに貢献した一人だ。