2019.01.28

【イップスの深層】森大輔が引退後に
初めて味わった一軍マウンドの感慨

  • 菊池高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by ©Yokohama DeNA Baystars

 マウンドの土を踏みしめながら、感触を味わう。そして捕手の高城俊人に向かって、大きなジェスチャーで「外に構えてください」と伝える。バッターボックスに入った秋山翔吾に万が一にも当ててはいけないという、森の気づかいだった。

 ひとつ息を吐き、両足でプレートの上に立つ。大きく両腕を天に掲げ、ゆったりと足を上げて前方に体重移動。そしてスムーズに左腕を振り抜く。やや引っかけたボールはショートバウンドして、捕手のミットに収まった。

 森は「やってしまった」と苦笑いを浮かべながら左手で帽子を取り、高城から記念のボールを受け取った。ストライクは投げられなかったが、不思議な爽快感があった。

「投げる前、ライトスタンドに向かって深くお辞儀をしたんです。『低迷していたベイスターズを救えなくてすみませんでした。でも、自分も本当はもっとやりたかったんです。本当は先発投手としてここに立ちたかったんです。本当に悔しいんです』って……」

 そして森はまぶたを閉じ、再び目を開けると、人懐っこい笑顔でこう続けた。

「でも、投げ終わったらどこか吹っ切れたような気がしたんです。最初で最後でしたけど、一軍のマウンドを経験できたことは僕にとって本当に特別なことでした」

 一軍登板ゼロ──。結果がすべてのプロの世界で、彼は何も残すことができなかった。しかし、イップスという名の悪魔と戦い続けた森大輔という野球人は、今も野球を愛し、未来のために物語を紡いでいる。

(おわり)

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