2017.06.19

【イップスの深層】
1日1000球の秘密特訓で、
ガンちゃん奇跡の復活

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Kyodo News

 人間はペンで文字を書く、箸で食事をする、歯ブラシで歯を磨く......といった日常動作を無意識のうちに行なっている。自分が文字を書いている際に、「指はこう動いて、手首はこの角度で......」などと意識する人間はいないはずだ。岩本は、投球動作をその領域まで持っていこうと考え、1日1000球にも及ぶ投球練習を自分に課したのだ。

「何かあっても、自分は目をつぶって投げることができる。それを自分のアイデンティティにしたくて、投げまくりましたよ。でも、意外と体は壊れなかった。これは強い体に産んでくれた両親に感謝ですね」

 来る日も来る日も投げ続けた岩本は、打撃投手を務められるまでに回復する。イップスであることを知っている関係者がその姿を見て、「おぉ~、ガンちゃん普通に投げられるやん!」と驚いたという。

 しかし、実戦で登板するにはまだ長い道のりのように思えた。夏場を迎えても、二軍のイースタン・リーグで岩本に任される仕事はスコアブックを記入する裏方仕事ばかり。いよいよ岩本の脳裏に「クビ」の二文字がちらつき始めていた。

 そんななか1993年のシーズン終盤、ロッテ浦和球場で行なわれたロッテ戦のことだった。すでに順位も確定している消化試合。日本ハムは投手陣にケガ人が続出しており、岩本は二軍首脳陣からブルペンに入るよう命じられる。

 ブルペンのベンチに座って自軍の投手陣が打ち込まれる戦況を見つめながら、岩本は捕手たちとのんきに「西日がまぶしくて嫌やなぁ」と談笑していた。ところが、8回裏に入ったところでブルペン捕手が血相を変えて岩本に叫んだ。

「おいガンちゃん、呼ばれてるで!」