大谷翔平の言葉に見る人生観の変化とドジャースのワールドシリーズ連覇へ重要な局面となるトレード期限 (2ページ目)
【ポストシーズンの「リアル二刀流」と大谷の胸中の変化】
そんなチームの柱として揺るぎない存在感を放っているのが大谷だ。連敗中でも焦る様子はない。「連敗が続くと気持ち的には落ち込むと思う。ただ、切り替えることが大事ですし、集中するゲームのなかでリラックスするのも大事だと思う」と冷静に語った。
昨年7月、大谷は不振のチームと同様、打撃で月間6本塁打と勢いに乗れなかったが、決して慌てることはなかった。8月は12本塁打15盗塁、9月には10本塁打16盗塁。特に9月はOPS(出塁率+長打率)1.225という驚異的な数字を残し、パワーとスピードの両方で躍動。MLB史上初の「50本塁打・50盗塁」を成し遂げた。
そして今、大谷は「リアル二刀流」復活へ着々と歩みを進めている。7月21日のツインズ戦では、3回46球を投げ、4安打1本塁打を許したが、「球数はかさんだけど、スプリットの反応はよかったし、全体として一歩ずつ前進している」と前向きに振り返った。
次回は7月30日、初の4イニングを予定している。デーブ・ロバーツ監督は「水曜日(30日)に投げて、その次も水曜日。自然と6人ローテーションに移行するだろう」と説明。過去6試合の登板のようにロングリリーフ役を用意しておく考えはなく、「木曜がオフで、通常のブルペンで十分カバーできる」との見立てだ。
ペナントレースの最終盤、そして10月のポストシーズン。ドジャースの命運は、大谷の「リアル二刀流」がどれだけ機能するかにかかっている。そしてそれはMLB全体が注目する一大ストーリーだ。プレッシャーをどう受け止めるかと問われた大谷は、静かにこう答えた。
「若い頃はプレッシャーを強く感じていたと思う。でも今は、手術も何度か経験して、こうしてプレーできるだけでありがたいという気持ちが強い。1試合1試合、何事もなく終えられたことに感謝する気持ちのほうが勝っていると思います」と説明した。
その言葉の裏には、リハビリの苦しみを知る者にしか見えない景色がある。「2回目の手術をしても、こうして投げられているのは本当に幸せです。痛みなく投げられる、それだけで喜びを感じる」。そして、力強くこうつけ加えた。「どちらか一方をやっていたとして、どこまでできるかはわからない。二刀流を長く続けていきたい」。
大谷は常識に挑戦し続ける野球選手だ。かつては「ホームラン狙いは邪道」とされ、「二刀流は夢物語」と言われたが、大谷はその姿勢ゆえにファンを熱狂させ続ける。
一方で、大谷の心の内には、どこか静かで穏やかな時間が流れている。「感謝」という言葉を繰り返し、結果よりも「無事であること」を何よりも大切に語るその姿は、勝利至上の世界にあって異彩を放つ。しかしそれこそが、極限の世界でしか生まれ得ない心の境地なのかもしれない。そこにあるのは単なる成績ではなく、生き方としての野球――。
終盤戦が楽しみだ。
著者プロフィール
奥田秀樹 (おくだ・ひでき)
1963年、三重県生まれ。関西学院大卒業後、雑誌編集者を経て、フォトジャーナリストとして1990年渡米。NFL、NBA、MLBなどアメリカのスポーツ現場の取材を続け、MLBの取材歴は26年目。幅広い現地野球関係者との人脈を活かした取材網を誇り活動を続けている。全米野球記者協会のメンバーとして20年目、同ロサンゼルス支部での長年の働きを評価され、歴史あるボブ・ハンター賞を受賞している。
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