松坂大輔「野球を辞める覚悟はできている。でも、今じゃない」 (3ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • 益田佑一●写真 photo by Masuda Yuichi

 そう確信したのは、フロリダでの彼のピッチングを間近で見たからだった。それも、生半可な間近ではない。彼の投げるわずか2メートル後ろから、ピッチングを見る機会に恵まれたのである。

 メッツのブルペンは、網越しではあるがピッチャーの真後ろからピッチング練習を見ることができる。真後ろから見ると、まるで投げた本人のように球筋がわかる。いや、もしかしたら投げている本人よりも、足の使い方、体の使い方がよく見えているのかもしれない。そして、本人以外には決して聞こえるはずのない、微かな音も聞こえる。

 ビュッ、ピシッ。
 ビュッ、ピシッ。

 ん?

 ピシッ?

 いったい、何の音だろう。

 ひとつ目に聞こえるビュッという音の正体はわかる。

 しかし、ふたつ目のピシッという音の源がわからない。

 ビュッ、ピシッ。
 ビュッ、ピシッ。

 ビュッというのは、松坂の指先がボールを切る音だ。一球ごとにリリースの瞬間、ビュッという音が聞こえる。ボールが指にかかって、縫い目を弾き、空気を切り裂く。しかし、ピシッというのは、何の音だ?

 よく見てみたら、ピシッという音の正体がわかってきた。

 その音は、なんと、振り抜いた松坂の右手の指先が背中に当たる音だった。

 松坂が右腕を振る。

 真後ろから見ていると、ボールを離した右手は、左の腰と左腕の間を通り抜けて左の脇から現れる。その右手の指先は、ムチのようにしなって、松坂の背中、ちょうど背番号16の「1」のあたりに当たる。

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