イチローの22年。「次の1本への執念」は変わらない (4ページ目)

  • 小西慶三●文 text by Konishi Keizo
  • photo by Getty Images

 意図的に甘い球を投げるのがイチローには有効というアイデアは、かつてマリナーズで同僚クローザーだった佐々木主浩からも聞いたことがある。

「イチには追い込んでからど真ん中を投げればいい。だってあいつが一番来るはずがないと思っている球だから」

 追い込まれたカウントで相手の決め球を狙い打つ。または予想だにしない悪球を、軟体動物のような動きで拾い打っていく。好球を気持ちよく振り抜くのではなく、難しいボールをしぶとくヒットにつなげることで相手を迷わせ、悔しがらせて心理的なダメージを与える。そんな彼ならではの戦略に、69歳で亡くなる間際までトップ級の実力を保持した日本将棋界の巨星、大山康晴・十五世名人の逸話を重ね合わせたことがある。

 バッティングを生き物に例え、そこに絶対的な正解は存在しないと考えるイチローと、対戦者の読み筋に入ることを嫌い、最善手ではなく次善手を打ち続けた棋界の伝説。感覚を生き物としてとらえ、いかにそのデリケートなものとうまく付き合っていくのか。長く、太いキャリアを築くための哲学は地味なところで通じているように思えるのだ。

 4000本目達成の夜、イチローは日々の準備を徹底することについて、「それは当たり前のこと。そこにフォーカスがいくこと自体おかしい」と語っている。「できる限りの準備をしても次のヒットが打てる保証はない。だから野球は楽しい」との考え方が、そのせりふの背後にある。

 2013年、イチローは同年メジャーで規定打席を満たした最高齢の打者だった。今季は公式戦100試合目あたりまで打率2割7分台後半を維持。好守、好走塁もあわせ、記録的な故障者続出に苦しんだヤンキースでは欠かせない戦力だった。ただ一方で、4000安打以降は思うような結果が残せず、いくつかの地元ニューヨークメディアから来季以降のレギュラー起用を疑問視されている。歳を重ねた者が結果を残せなければ雑音は増える。そしてそういった雑音は結局、打つことでしか消せないのだ。

 シーズン中の“休日練習”はヤンキース移籍後の現在も続いている。7月16日のオールスター戦当日、彼はセントラルパークの一角で走り、ボールを投げていた。そして9月29日の今季最終戦から3日後、ヤンキースタジアムで今オフの自主トレを始めている。

 敵地、本拠地、時期は関係ない。現役選手でいる限り、彼のルーティーンは延々と繰り返される。次の1本への執着が尽きるまでは――。

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