いつか、再び...。1995年のオールスターで一度だけ観た「真夏の夢」 (4ページ目)

  • 島村誠也●文 text by Shimamura Seiya
  • photo by AP/AFLO

 午後7時32分。アメリカン・リーグの先発ランディ・ジョンソンのファーストピッチで試合は始まった。

 迎えた1回裏。野茂が先頭打者のケニー・ロフトン(インディアンス)に1球目を投じると、パパパパパッと物凄いカメラのフラッシュ。結果はサンシン! 2番打者カルロス・バイエガ(インディアンス)にはライト前ヒットを打たれるも、3番打者エドガー・マルチネス(マリナーズ)の時に、バイエガは盗塁死。そしてマルチネスもサンシーン!

「明日は楽しみたいです」

 前日記者会見での野茂の短い言葉が胸に響いてきた。野茂は本当に力と力の勝負を求めてアメリカへ渡ったのだ。その気持ちがマウンドから伝わってきたのである。

 2回裏、打席には当時最高の打者フランク・トーマス。2球目、野茂が力いっぱいのストレートを投げ込むと、トーマスはそのボールを世界の果てまで飛ばそうとフルスイング。バットが空をきる。まさに真っ向勝負だ。

 勝負をきめた4球目もストレートだった。打球はキャッチャーのマイク・ピアザ(ドジャース)の頭上に高々と舞い上がった。野茂、トーマス、ピアザ、そして他のすべての選手と観客が、ひとつのボールの行方を追い空を見上げた。

「野球の試合は約3時間だよね。その中でボールが動いているのは5分くらいかな。要するに野球はこれから何が起こるかを予期し期待するスポーツなんだ。例えば野球場のホームプレートに立って2つのファウルラインを永遠に延長していく。するとその線の中には世界のほとんどが入ってしまう。そんな神話的レベルの虚構の世界を見せてくれるのが野球なんだ」

 私は以前にW・P・キンセラ氏(映画『フィールド・オブ・ドリームス』の原作者)が話してくれた言葉を思い出していた。

 ようやく落下してきたボールはピアザのミットに収まってしまった。落球すれば勝負は続いたのに。そんな望みは贅沢というものかもしれなかった。

 野茂はこの対決の後、アルバート・ベル(インディアンズ)から三振を奪い、6番のカル・リプケンJr.をライトライナーに打ち取り、2回1安打3三振という結果を残してマウンドを降りた。

 試合終了と同時に花火が「ドーン、ドーン」と夜空に打ち上がると、それは我々を神話の世界から現実へと引き戻す合図になった。観客たちは少しの灯りを頼りに駐車場へ向かって歩きだす。明日になれば仕事や学校が待っているが、その足取りは軽い。

「ダディ、ノモはこうだったよね」

 前を歩く中南米系の少年の声が耳に届く。そうして少年は立ち止まり、大きくふりかぶって右足を高く上げると、顔だけを残して全身をひねってみせたのだった。

(選手の所属、球場名は1995年当時)

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