【ドラフト2026】「野球IQなら誰にも負けない」亜細亜大・山里宝が明かした驚異の思考回路 その原点は中学時代の異常な英才教育にあった (2ページ目)
山里は「僕は足が遅いんです」と認める。そのうえで、自信たっぷりにこう続けた。
「でも、盗塁はできるんで。能力で測れば、僕の力は絶対に大学日本代表候補のなかでも下位だと思います。その分、誰よりも野球について考えてきた自信があります。今まで野球をやってきて、野球IQにかけては誰にも負けません」
【反骨心が生んだ野球への執念】
その原点は、中学生活を送った高砂市立松陽中にある。学業不振が続く山里に対して、ある教師が「野球で食える人なんてひと握りなんだから、絶対に勉強したほうがいいよ」と諭したという。だが、反抗期真っ盛りの山里はこの時、こう誓っている。
「その言葉を聞いて、『絶対に野球で先生より稼げる人間になってやる』と決めました」
ちなみに、松陽中の同学年には榊原七斗(明治大)がいた。今ではともに大学日本代表のユニホームを着るまでに成長し、プロ入りを期待される存在になった。ただし、中学時代は同じクラスになったことはなく、接点は多くなかった。
榊原は硬式の全播磨硬式野球団ヤングでプレーし、山里は松陽中の軟式野球部に所属した。山里によると、榊原は当時から目立つ存在だったという。
「七斗は身体能力がすごくて、しかも勉強もちょっとできたんです。硬式の人は帰宅部なんですけど、それもちょっと格好よかったですね」
ただし、軟式野球をしているからといって、山里に卑屈な感情はなかった。松陽中は日本一を狙うような強豪チームだったからだ。山里は学区外だったが、松陽中で野球をするために越境入学している。自宅から20分あまり自転車を漕いで通学していた。
松陽中にこだわったのは、「井上先生に教わりたい」という動機があったからだ。当時の井上雄介監督(現・神戸国際大付コーチ)は、中学軟式球界で豊富な実績と高い知名度を誇る名物指導者だった。
山里は懐かしむように、こう振り返った。
「中学で井上先生に野球のイロハを教えてもらいました。1試合を終えると、吐きそうになるくらい頭がパンパンでした」
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