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甲子園初出場で全国制覇も髙橋光成は苦しんでいた... ドラ1直前のブルペンで受けた「忘れられない40球」 (3ページ目)

  • 安倍昌彦●文 text by Masahiko Abe

 半分冗談で、「将来、リンゴ園のオヤジっていうのもいいよね」と振ってみた。すると、「自分、そういう人生でも全然いいと思っています!」と、野球の話をしている時より、声が弾んでいた。

 2年生の夏、これ以上ないほどの圧倒的な投球で、高校野球の頂点まで一気に駆け上がってしまった。では、その先に何を目指せばいいのか。目標を見失いかけた時期もあったという。無理もない。

「公式戦で完封しても、去年の夏より大きなことをしたわけじゃないし、考えたら、去年の夏以上のことなんてできないじゃないかって。力が抜けたというか、力が入らないというか......。たしかに、新チームになってからは苦しみましたね」

 迎えた3年生の夏は、群馬県大会3回戦で健大高崎に2対6で逆転負け。髙橋の高校野球生活はそこで幕を閉じた。

「それでも、光成が偉かったのは、黙々と努力し続けたことですね。明確な目標を設定しにくい状況のなかでね。もう高校野球を引退した今でも、今度はプロを目指して毎日練習に出てきますから」

 荒井監督から聞かされたのは、髙橋を称える言葉ばかりだった。

「相当苦しかったと思いますよ。周りはどうしても去年以上を求めちゃうけど、去年以上って言ったら2年連続全国制覇ってことですからね。さすがに私も、そこまでは求められなかった。それでも光成は、本気でそこを目指して努力していましたよ。私には、そういうふうにしか見えなかったですね」

【まるでソフトボール大の硬球】

 髙橋とブルペンで向き合ったのは、放課後の16時を過ぎた頃だった。秋の日はつるべ落とし。わずかに残った西日を頼りに、剛球を受け止める。

「大丈夫ですか? 見えますか?」

 マウンドから何度もこちらを気にかけてくれる。心根(こころね)のやさしいヤツだ。日が暮れて、ユニフォーム姿は黒っぽいシルエットにしか見えなくなってきた。それでも、そのシルエットがとにかくデカい。文字どおり、マウンド上にそびえ立っている。しかも、純粋なオーバーハンド。リリースポイントが高い。腰を下ろして構え、そこを見上げると、アゴが完全に上がってしまう。

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