謹慎処分で変わった指導法。履正社と岡田監督「激動の30年史」 (4ページ目)

  • 谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro
  • 大友良行●写真 photo by Ohtomo Yoshiyuki

 東洋大姫路OBの岡田が率いる履正社と、報徳学園OBの西谷浩一が率いる大阪桐蔭のライバル物語。兵庫には「春の報徳、夏の東洋」という俗諺があるが、これを今の大阪に当てはめると「春の履正社、夏の大阪桐蔭」か。2016年の夏は履正社が甲子園出場を果たしたが、山田哲人(ヤクルト)が中軸を打ち出場した2010年同様、大阪桐蔭とは戦わずしての甲子園でもあった。

 岡田は履正社での30年を振り返ると、こんな思いを口にした。

「前半は"東洋色"が強く、選手もそれは大変だったと思います。でも、彼らがなんとかついてきてくれたなかで甲子園に出ることができ、指導も変わっていった。徹底する部分は残しながら、やらせる野球ではなく、選手自身が考え、動ける野球。選手としても、人間としても、高校を出てから活躍できる生徒を多くしたい。『履正社から来た選手は間違いない。しっかりしている』と言われるような子どもを増やしていきたいですね」

 約10年周期でスケールアップを遂げてきた履正社に、新たな予感が漂う2017年。監督として迎える31年目のシーズンは、岡田にとって忙しく、充実の1年になりそうだ。

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