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競輪・卒業記念レースで光った男子3名 ウエイトリフティング五輪入賞者、BMX出身者、最強のロード経験者らが羽ばたく (2ページ目)

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BMXから転向した大器
髙橋奏多(たかはし・かなた)

 2024年にジュニア世界選手権のケイリンで銀メダルを手にし、現在はナショナルチームの一員としても活動している髙橋。高校卒業後に入所した養成所では、2度のゴールデンキャップを獲得し、早期卒業候補にもなるなど、目覚ましい成績を残してきた弱冠19歳の若武者だ。
 
 そんな髙橋が自転車に興味を持ち始めたのは小学3年生の時。最初に選んだのはマウンテンバイクだった。父親の影響で乗り始めるとわずか半年で大会で優勝。その後はBMXレーシングに励み、高校1年時に出場した全日本自転車競技選手権15-16歳の部で1位となるなど、そのままさらなる高みへと上り詰めるかに思われた。

 しかし優勝したその大会で、ナショナルチーム所属でオリンピック3大会出場の長迫吉拓から声をかけてもらった。「トラックをやってみないか」と。

「オリンピックにも出場されているすごい方に誘ってもらったので、トラックに転向しようと思いました」

 それから数か月後には伊豆ベロドロームでトラック種目を体験。高校2年から本格的にトラック種目に専念すると、ジュニア世界選手権のチームスプリントで3位となり、翌年には同大会のスプリントで4位、ケイリンで2位と周囲を驚かせるほどの好成績を連発した。

 高校卒業と同時に養成所に入るが、ここでもナショナルチームのメンバーとして自転車競技にも出場していた。しかし「鉄とカーボンの乗り分けが大変で、そこをまだつかみ切れていない」と戸惑う場面もあってか、最終的に養成所での早期卒業を果たすことはできなかった。

「想定外だったのは、やっぱり早期卒業ができなかったことです」

 BMXでもトラック種目でも次々に好成績を残してきた髙橋にとって、これは大きな挫折だったのかもしれない。「自分の人生のなかでも早期卒業はメリットが大きいと思っていたんですが」と唇をかんだ。

 しかしそれも今では前向きに捉えている。

「そこで落ち込むんじゃなくて気持ちを切り替えて次に進もうと思ったところが、養成所での壁を乗り越えた点だと思います。養成所で学んだことをデビューしてから繋げられるようにと思っているので、ある意味よかったかなと思います」

 目標は「ナショナルチームの先輩方のように活躍すること」と語る髙橋。具体的には「競技のほうではロサンゼルスオリンピックに出場できるようにすることで、競輪のほうでは同期のなかでもなるべく早くにS級に上がりたい」と前を見据える。

 卒業記念レースでは本領を発揮できず、準決勝に進めなかったが、競輪界のレジェンドであり養成所の所長・神山雄一郎氏も太鼓判を押す大器。デビュー後にどんな旋風を巻き起こすのか、今から楽しみだ。

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