【マラソン】筑波大時代の福谷颯太が、関東学生連合で実感した箱根駅伝の重み「箱根は大学として出場してこそ」 (2ページ目)
【箱根駅伝の予選会は殺気立っている】
筑波大入学当初は、高校時代とは異なる練習の質と量に驚き、駅伝強豪校出身の同期にはまざまざと力の差を見せつけられた。
「大学では朝練から始まります。それが普通じゃないですか。でも、高校時代の自分はほとんど朝練をやっていなくて......。練習の質も量も全然違う。それなのに、同期はそれを簡単にこなしていくんです。自分は練習についていけず、記録会でも自己ベストからほど遠いタイムを出してしまい、夏の選抜合宿のメンバーに入れませんでした。
普通の公立高校出身の選手が箱根駅伝を目指す難しさを感じましたし、同期に先に行かれる悔しさも味わいました。このままだと本当にやばいと思い、高校時代以上に練習の意味を考え、走行距離を増やし、ケガをしない体づくりにも努めました」
その年、チームは箱根駅伝予選会を6位で突破し、26年ぶりの本大会出場を決めた。大学の練習に徐々についていけるようになった福谷も、箱根本戦のメンバー入りを果たしたが、出場には至らなかった。
「悔しかったですが、箱根を走れるのは1年の積み重ねの成果があってのこと。その意味で、あの時の自分にはチャンスがなかった」
それでもコツコツと努力を重ねた結果、2年時は箱根予選会でチーム内7位(1時間03分58秒)の走りを見せたが、筑波大は総合11位で予選落ち。10位通過の専修大とはわずか18秒差だった。
1秒の重みを痛感して迎えた3年時、福谷は今まで以上に妥協せずに練習に取り組んだ。初出場の関東インカレ1部10000mは26位と力を発揮できず、全日本大学駅伝の予選会も、チームが足切りにより出場できないなど、うまくいかないこともあった。だが、何が問題だったのかを整理し、自身の課題と真正面から向き合い続けた。箱根駅伝予選会では1時間02分58秒で個人16位と快走した。
「予選会は他のレースとは雰囲気が全然違います。なんというか、殺気立っている感じなんです。スタート前、緊張で表情がこわばるチームメイトを見ると、自分自身も『大丈夫かな』と不安になります。ミスのないレースをすること、狙った結果を出す難しさを感じました。筑波大は選手層が薄いので、特に3、4年時は、(主力の)自分が外したら終わってしまうというプレッシャーが大きかったです」
結局、チームは総合13位でこの年も箱根出場を逃したが、個人順位とタイムを評価された福谷は、関東学生連合のメンバーに選出。迎えた初めての箱根では、5区をまかされた。
「最初は3区か4区かなと思っていたのですが、『5区はどう?』と言われたんです。箱根駅伝といえば山ですし、上りには自信がありました。注目される区間でもあるので、やってみたいと思いました。ただ、コロナ禍ということで、メンバーが集まって練習する機会はほとんどなく、12月中旬から準備を始め、直前にコースの視察こそしましたが、ほとんど上りの練習をできないままレースを迎えました」
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