【箱根駅伝 名ランナー列伝】寺田夏生(國學院大) 「危ねえ~」伝説の10区コース間違い&初シードと4年生まで主力として築き上げた強豪校への礎 (2ページ目)
【主力を担い2区と5区でも奮闘】
2年時はチームの主力となり、初出場となった出雲駅伝は最終6区を区間8位と好走。箱根駅伝は自ら志願して当時最長区間だった5区に向かった。
「5区は順位が大きく入れ替わる区間です。今回は絶対にコースは間違えません。シード権が"たまたま"でないことを証明して、昨年のチームを超えたいです!」
前年、大手町でドラマを作った男が、今度は大混戦の「山上り」を熱くした。13位でタスキを受け取ると、23.4kmを1時間21分06秒(区間5位)で走破。4人を抜き去り、往路9位のゴールに飛び込んだ。
寺田の快走で波に乗ったチームは復路も安定した継走を見せ、総合10位でフィニッシュ。「今回は実力でシード権を獲得することができたと思います。4年生が抜けると戦力的にダウンするので、今年以上の結果を残せるように頑張りたいです」と寺田は笑顔で話していた。2年連続のシード権を獲得して、國學院大は箱根駅伝におけるチームの"格"を押し上げた。
3年時は出雲駅伝の1区を区間6位と好走。トラックの10000mでは28分台を2度マークした。箱根駅伝は2年連続の5区を予定していたが、2区候補だった中山翔平が座骨神経痛のために7区に回り、寺田が2区にスライドした。
1区は19位スタートとなり、前のチームが1分08秒先にいる状況で、寺田は奮起した。区間15位ながら、2チームを抜き去った。しかし、チームは総合14位に終わり、3年連続シード権獲得はならなかった。
4年時は箱根駅伝予選会をチームトップ(個人13位)の走りで5位通過に貢献すると、最後の箱根駅伝は再び花の2区に出走した。
またしても18位でタスキを受ける苦しい展開で登場したが、区間7位(1時間10分28秒)と激走。18位から14位まで順位を押し上げた。しかし、チームは総合17位に終わり、寺田は主将として責任を感じていた。
「チーム一丸となって戦っていこうという雰囲気はありましたが、他大学が何倍も強かった。自分は箱根駅伝でよいことも悪いことも経験したおかげで、大きく成長できました。だから、後輩たちも今回の経験をバネにきっとやってくれると思います」
寺田が卒業後、母校はどんどん強くなっていく。2019年に出雲駅伝で初優勝を飾ると、2024年には出雲駅伝と全日本大学駅伝の2冠を達成した。その後も箱根総合優勝を成し遂げるべく、戦力を整えている。
一方の寺田は大学卒業後、JR東日本に入社し、2020年の福岡国際マラソンで3位(2時間08分03秒)に入るなど活躍。現在は皇學館大駅伝競走部の監督として指導者の道を歩んでいる。
●Profile
寺田夏生(てらだ・なつき)/1991年8月30日生まれ、長崎県出身。諫早高(長崎)―國學院大―JR東日本。高校時代は3年連続で全国高校駅伝に出場。大学1年時に箱根駅伝10区を任され、激しいシード争いのなか、コース間違いをするも、チーム史上初のシード権獲得となるフィニッシュテープを切った。その後もチームの主力として活躍し、箱根では2年時は5区、3、4年時は2区を任された。実業団でも駅伝、マラソンなどで競技継続し、2023年に現役を退いた。現在は皇學館大で駅伝競走部監督として指導にあたり、就任1年目の2024年には全日本大学駅伝出場を果たしている。
【箱根駅伝成績】
2011年(1年)10区11位・1時間11分44秒
2012年(2年)5区5位・1時間21分06秒
2013年(3年)2区15位・1時間12分39秒
2014年(4年)2区7位・1時間10分28秒
著者プロフィール
酒井政人 (さかい・まさと)
1977年生まれ、愛知県出身。東農大1年時に出雲駅伝5区、箱根駅伝10区出場。大学卒業後からフリーランスのスポーツライターとして活動。現在は様々なメディアに執筆している。著書に『箱根駅伝は誰のものか』『ナイキシューズ革命 〝厚底〟が世界にかけた魔法』など。
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