パリオリンピックで北口榛花が日本女子やり投・フィールド種目の歴史を切り拓く コーチが予見していた上昇気流 (3ページ目)

  • 寺田辰郎●取材・文 text by Terada Tatsuo

【試行錯誤を続けるも、コーチは金メダルに自信】

 今年6月末の日本選手権で北口は、62m87で優勝したものの「最近のシーズンでは一番悩んでいる」状態だった。

「"来た!"っていう投てきが1本もなく、出しきったと感じられる試合がひとつもありません」

 北口が悩んでいるのは柔軟性を重視するか、筋力やスピードを重視するか、だった。

「筋力がつくことで動かせる部分が増える」選手もいるので、通常は相反する要素ではないのかもしれない。だが北口は「体が硬いと感じると練習をする気持ちも下がる」と言うほど、自身の体を思うように使えないことを嫌う。

 昨年は日本選手権で2位(59m92)と敗れた後に、柔軟性重視の練習を多く行ない、1週間後のDLパリ大会で早くも65m09(優勝)と、メダルを狙える距離を投げることに成功した。そこから1カ月半で、世界陸上ブダペストの金メダルへと駆け上がった。

 今季も5月5日の水戸招待までは、試合期の動きのための練習に加え、冬季から行なっていた筋力トレーニングを継続していた。だが水戸招待(61m83)以後は柔軟性重視の練習を多めに取り組んできた。5月19日のGGPでは63m45と記録が上向いた。そのGGPでは今後の伸びる要素として、筋力トレーニングの割合を多くする可能性に言及。そして日本選手権後は再度、「自分が投げたい、投げられるな、動けるな、と思える体にしていかないと記録は出せない」と柔軟性を重視していくと話した。

 要は柔軟性と筋力&スピードのバランスなのだろう。ほかの選手に比べれば柔軟性に主眼を置くが、北口も筋力&スピードアップのためのトレーニングは行なっている。セケラックコーチとはシーズンイン後の筋力トレーニングの方法で食い違いも生じているが、内容自体を否定しているわけではない。

 北口は、学生時代の経験からコーチに完全に依存するのでなく、自分にない部分、自分だけではできない部分を求めて海を渡った。セケラックコーチと北口の細かいやり取りまではわからないが、北口は自分の考えをしっかり伝え、特にシーズン中はセケラックコーチの練習メニューをアレンジしていると推測できる。

 セケラックコーチはパリ五輪も日本チームのコーチに入っているが、それは、北口が自身の近くで見て欲しい、アドバイスを送って欲しいと考えているからにほかならない。

 セケラックコーチも北口を、ひとりの人間としても好いているようだった。

「ハルカはヨーロッパに慣れても、日本人らしくすべてのことにお礼をしています。有名になっても謙虚なままで、本当に優しい人柄です」

 北口にとって柔軟性が武器になっていることは、セケラックコーチも十二分に認識している。助走スピードを上げることに関しては、今季も北口が苦しむことを想定していた。セケラック氏は3月下旬に次のように話していた。

「助走スピードが速くなることで、(投てき動作)すべてが難しくなります。筋肉のつながりすべてを速くしないといけなくなり、腕の動きをもっと速くしないといけないから。以前の助走スピードは遅かったので、腕の動かし方にも余裕を持てました。今は腕を含めたすべてのリアクションを速く、正確に行なう必要が出てきています。これから(4月から)2、3カ月、そこに集中しないといけないでしょう」

 北口は日本選手権の2週間後に、DLモナコ大会で65m21を投げて優勝した。昨年の日本選手権後の最初の試合と同じように、65mを超えてみせた。今季の世界リストでは5位(パリ五輪前時点)だが、昨年の実績や大試合での勝負強さを含めて考えれば、北口がパリ五輪の金メダル最有力候補になったと言っていい。

 モナコの65m超えは6投目、最終投てきでの強さも改めてアピールした。セケラック氏も北口の強さを信じきっている。

「金メダルの自信はあります。もちろんオリンピックはすごいプレッシャーがかかります。世界陸上で金メダルを獲ったからなおさらです。

 しかしハルカはメンタルが強い。決勝に進むことができたら、ブダペストみたいにやってくれると思う。我々も一生懸命にサポートします。ハルカは大丈夫だと思います。あとはみんなでお祈りをしましょう」

 北口の投げるやりは、セケラックコーチはもちろんのこと、恩師やかつてのライバルら関わった人たちの思いを乗せて、パリの夜空を切り裂いていく。

著者プロフィール

  • 寺田辰朗

    寺田辰朗 (てらだ・たつお)

    陸上競技専門のフリーライター。陸上競技マガジン編集部に124カ月勤務後に独立。専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の"深い"情報を紹介することをライフワークとする。座右の銘は「この一球は絶対無二の一球なり」。同じ取材機会は二度とない、と自身を戒めるが、ユーモアを忘れないことが取材の集中力につながるとも考えている。「寺田的陸上競技WEB」は20年以上の歴史を誇る。

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