山の神・柏原竜二が語る引退の真相。「駅伝に逃げてはいけないと...」 (6ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi

 もちろん、結果が出ないことで離れていった人たちもいたが、変わらずに接してくれる友人もいた。「柏原くんだよね」と話しかけられて知り合いになり、仲良くなった人もいる。そんな心を許せる人たちが増えたことで、「自分は今、普通でいられる」と柏原は言う。

 気持ちを切り替えた柏原は、マラソンへの挑戦を再開。2015年9月にはシドニーで初のフルマラソンを走り2時間20分44秒で7位に入った。練習も距離を重視するのではなく、疲労の蓄積具合などを見ながら調整を行なっていたが......。それでもうまく噛み合わずに再びケガを負い、2016年3月に出場したびわ湖毎日マラソンは、2時間22分15秒で52位という結果だった。

「だから、2016年のびわ湖毎日マラソンが終わった後に『僕はこれからの1年で大きなケガをしたらやめる』とコメントをしたと思うし、福嶋正監督にもそう伝えていたんです。その後、去年7月のホクレンディスタンスで1万mを走ってからケガをしてしまって、昨年の11月末に熊本甲佐10マイル公認ロードレースに出た時も、仙腸関節が痛くて前屈ができないくらいで、その状態がしばらく続きました。

 今年1月の全日本実業団駅伝もメンバーから外れました。『この1年はマラソンだけに集中するんだ』と練習を続けましたが、冬のマラソン合宿では仙腸関節だけではなくアキレス腱も腫れてしまって......。今でも座っていると若干痛いし、1km3分半とか4分のペースで走ると、翌日はすごく痛みがひどくなるんです。なので、引退のタイミングはここでよかったと思っています」

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