2017.10.01

リオパラ50m自由形銅メダルの
山田拓朗は「片手バタフライ」も挑戦

  • 荒木美晴●取材・文 text by Araki Miharu
  • 佐山篤●写真 photo by Sayama Atsushi

今年のジャパラでも好調だった山田拓朗 1年前のリオパラリンピック。水泳・男子50m自由形(S9)決勝のフィニッシュは、ほぼ横一線だった。一斉に顔を上げ、電光掲示板に視線を移す選手たち。上から3番目に、自分の名前と「26.00」の文字を確認した山田拓朗(NTTドコモ)は、右手で作った拳(こぶし)を水面に叩きつけた。

 13歳で初出場した2004年アテネ大会から、ずっと目標にしてきたメダル獲得。山田の12年目の結実に、観客席では同じ釜の飯を食い、苦楽を共にしてきた仲間やスタッフたちが、自分のことのように喜んでいた。山田はその声援をかみしめるように笑顔で手を振った。

 だが、報道陣に囲まれた山田は、こう言い切ったのだった。

「目標タイムの25秒台には届きませんでした。評価しているのは、パラリンピックの舞台でこの得意種目の自己ベストを2回更新したことと、メダルを獲れたことだけ。あとは反省点です」

 1位の記録は25秒95、そして2位は25秒99。トップとの差はわずか0.05秒。僅差の3位だった。

「大満足というよりは、悔しさの方が強かったですね」

 1年前の出来事を、山田はこう振り返る。

「でも、気持ちの切り替えは過去の大会と比べてもスムーズにできたかなと思います。リオで(これまでの取り組みが)悪い方向には行っていないという確認もできましたし、練習しなきゃ強くなれない、ということも改めて感じた。次こそは自分の目標を達成したいって思えました」

 0.05秒のなかに見た、悔しさと現在地。それは、彼を次のステージへと押し上げる原動力となった。