「大鵬の孫で貴闘力の息子」が、努力も惜しまず高校横綱の称号に挑む (2ページ目)

  • Text & photo by Sportiva

 小学校1年生の時に江東区の大会で優勝。3年生からは地元の道場「江東青龍館」に通い、小学相撲日本一を決める「わんぱく相撲全国大会」では、4年生で2位に入る。早くも大器の片鱗ぶりを見せつけた納谷は、さらなるレベルアップを目指し、高校相撲選手権で歴代最多の団体優勝9回を誇る名門・埼玉栄の中等部に入学した。

 当時、身長は170cm、体重は130kgを超えていて体格には恵まれていたが、実のところは体脂肪率が60パーセントを超える"肥満児"だった。筋力も乏しく、ベンチプレスは60kgが限度だったという。その肥満の原因は、「ただ食べて寝る」ことを繰り返す生活にあった。車から降りる時も腹が出ていて足が曲がらないほどの状態で、血圧も高く、「歩くとフラフラする時もあった」と振り返る。

 山田道紀監督が率いる埼玉栄の稽古は、時間こそ短いが、四股やすり足、体幹トレーニングといった基礎練習を徹底する。体脂肪率60パーセントの体では、ハードな稽古についていくことは難しい。「四股も全然踏めなくて、稽古についていけなかった」ことに危機感を抱いた納谷は、食生活の改善と自主トレで状況の打開を図った。

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