【新連載】K-1の熱狂のなかにいた佐竹雅昭 空手家を志したきっかけは「光って見えた」ある一冊の本だった (3ページ目)
【大山倍達の本に「全身に電流が流れました」】
ブルース・リーに憧れた佐竹は、すぐに行動に移した。
「自宅の裏にある公園にあった木に向かって、ブルース・リーのマネをして『アチョー!トリャー! タァー』と、突き、蹴りをやり始めたんです」
指導者はいなかった。ひとりで雄たけびを上げながら、公園の木を相手に稽古する日々。練習の参書にと、ボクシングの技術に関する本を探しに書店を訪れた際に、「ある一冊の本が光って見えた」という。
「『なんだ、この光を放っている本は?』と手に取りました。タイトルは『地上最強への道:大山カラテ もし戦わば』。表紙は、大山倍達先生が虎にハイキックする絵で、それを目にした瞬間に『オォォォ!』と全身に電流が流れました。
子供の頃は特撮ドラマが好きでしたが、『ウルトラマンは現実にはいないだろう』とどこかで思っていたし、『リングにかけろ』でも『高嶺のブーメランフックは衝撃だけど、パワーリストを着けただけじゃ相手が100mも飛んでいくわけない』とも思っていた。そんな時に、空手着を着たオジサンが虎に向かってハイキックを放っている絵を見て、『これは現実だ!』と震えましたよ。
続けてページをめくると、大山先生が牛の角を持ってカメラ目線でにらんでいた。僕は『オーメン』や『エクソシスト』のオカルト映画が大好きでした。しかも、妖怪、悪魔入門などの本もよく読んでいて。大山先生が牛の角を持ってにらんでいる写真のあまりの迫力に、『これはオカルト、魔法に近いものなんじゃないか』と一気に引き込まれて、『これこそ、まさしく俺が目指している世界だ!』と思って、空手家になろうと決意しました」
大山倍達は1964年、相手に直接打撃を入れるフルコンタクト空手の「極真会館」を創始。『空手バカ一代』でもその半生が描かれたが、1979年に上梓したその自伝が、佐竹が本格的に空手家を志すきっかけとなった。
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