井上尚弥も中谷潤人も「知らない」 かつてデラホーヤと戦い敗れ去った元世界王者の今 (3ページ目)

  • 林壮一●取材・文 text & photo by Soichi Hayashi Sr.

【「ボクシングで人生がプラスに運ぶように」と願ってジムを運営】

 元154パウンド(スーパーウエルター級)のチャンピオンは今、自ら息子たちを指導している。そして、ラスベガスにジムを開き、小学生からダイエットの老人までが健康的に汗を流せる空間を設けているのだ。

「ボクシングと出会ったからオリンピックに行けたし、世界王座にも就けた。そういった経験を次世代に伝えていくのが、自分の生き方だと考えた。6年前だったかな。いい物件が見つかったから、ジムをオープンしたんだよ。

 世界チャンピオンを目指すのもいいし、小さな大会で1勝したいと、このジムで汗を流してくれてもいい。痩せるために汗を流す人も大歓迎。人生の一時期、ボクシングに打ち込むことで会員さんの人生がプラスに運ぶよう祈って運営している。お陰さまで、170名が入会してくれた。ありがたいね」

 筆者がバルガスのジムを訪れた日は、17時から営業を開始した。扉が開いてからしばらくは、親の運転する車で、小・中学生がやってきた。時間が経つに連れ、会員の年齢層が上がる。

 30分ほどが過ぎた頃、元スーパーウエルター級王者は、ジムのタイマーを2分にセットし、「スパーリングをやろう!」と会員たちに声を掛けた。「サイズは大丈夫? 大き過ぎるかな?」と、それぞれのファイターに確認しながらヘッドギアを着け、スパーリング用の大きなグローブを嵌めさせる。そして自らリングに入って「グローブタッチして、コーナーに戻ろう。では、ファイト!」とレッスンを始めた。

 子供会員が打ち合っている最中は「ヘッドスリップを忘れるな!」「ワン・ツー・スリーと、3つ手を出せ」「コンビネーションを打て!」「止まるな」などの指示が飛ぶ。

 2分が経過すると、それぞれの選手に歩み寄り「もっと重心を下げて、パンチに体重を乗せて」「前にステップしながら打て」と、アドバイスを送る。スパーリングを終え、リングを降りる際には、「Good!」「Nice Fight!!」と子供たちを褒めた。そして「試合に出たい子は、1日に3マイルのロードワークをしよう。強くなるための基本だから」と繰り返した。

 この日、2時間足らずの間に57名がジムにやってきて、20組以上が2分×3ラウンドのスパーリングをこなした。

「貧しい子、崩壊した家庭で生きている子も健全に育ってほしい。俺が育ったカリフォルニア州オックスナードも、犯罪者がゴロゴロいる治安の悪い場所だった。ボクシングをやったので、いい人生になったよ。

 昔の俺と同じような境遇で暮らしている子に手を差し伸べたい、という思いは、現役時代からあった。やらない手はないと感じている」

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