「プロ」の悪役だったブッチャー。凶器攻撃はレフェリーとのアイコンタクトで発動した (3ページ目)

  • 松岡健治●文 text by Matsuoka Kenji
  • photo by Tokyo Sports/AFLO

 多くの外国人レスラーは移動の時はジャージ姿だったが、ブッチャーは白いスーツにサングラスで帽子をかぶっていた。和田は、常にレスラーとして威厳を大衆にアピールしていた姿が忘れられないという。

 しかし、レフェリーとしては、リング上での凶器攻撃に"細心の注意"を払っていたようだ。

「レフェリーは凶器で攻撃しているところを見たらいけないんですよ。そこは"阿吽の呼吸"で、見ちゃうレフェリーは下手。ブッチャーとは、アイコンタクトじゃないけど、凶器を使いたい時は仕草でわかる。それでこっちは、『俺は見ないからやれよ』という感じです。

 ただ、ブッチャーが凶器を隠す場所には驚きましたよ。タイツとか靴の中に隠していることもあったけど、胸の肉がたるんだ間に入れることもあって。あれは、どこに隠したのかまったくわからなかった。あそこに隠す発想はすごい。ブッチャーの体格だからこそ、成せる業だよね(笑)」

 和田がもっとも印象に残っている試合は、1976年春のリーグ戦で最強を決める「チャンピオンカーニバル」の優勝決定戦。そこで馬場を破り、初優勝した時だった。

「それは俺が裁いた試合じゃないんだけど、優勝トロフィーを抱えて控室へ帰ろうとした時にブッチャーが転んでしまって。でも、倒れてもトロフィーを抱きかかえて離さなかった。すごいなって思ったよ。ブッチャーが、どれほど優勝してうれしかったのかがわかりました。

 まず、当時は『外国人レスラーが優勝者になれるわけがない』という先入観があって、しかもブッチャーはヒールだから、なおさらハードルが高かった。そこを乗り越えて優勝できたからこそ、最高の喜びがあったんだろうね」

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