2014.05.07

【MotoGP】ブリヂストン撤退表明。トップライダーたちの反応は?

  • 西村章●取材・文 text by Nishimura Akira 竹内秀信●撮影 photo by Takeuchi Hidenobu

 MotoGP第4戦スペインGPが行なわれたヘレスサーキットで、レースウィークに先だつ木曜の昼前にブリヂストンがあるニュースを発表した。

「2015年シーズンの終了とともに、公式タイヤサプライヤーの役割を終了する」

2015年いっぱいでの撤退を表明したブリヂストン 突然の告知といっていいこの報せは、ライダーやチーム関係者はもちろん、パドックの全員を驚かせた。

 急遽、午後2時半からブリヂストンのホスピタリティブースで記者会見が行なわれ、モータースポーツ推進部長の二見恭太と、モーターサイクルレーシングマネージャー山田宏が質疑応答を行なった。

「MotoGPに参入した2002年以来、技術開発に関してサーキットという場所で多くのことを学び、量産品への還元もできた。ブリヂストンというブランドを世界に周知するためにはMotoGPは最高の場であり、レース活動を通じて世界中に広めてその役割を充分に果たせた。参入当初に掲げた目標は、達成したと考えている」

 二見は、今回の決定に至る事情をそう説明した。

 同社は山田が陣頭指揮を執るかたちで、1991年に小排気量クラスで世界グランプリへのフル参戦を開始した。最高峰クラスへ打って出たのは、2002年からだ。当時、タイヤメーカーはミシュランが圧倒的に優勢を誇っており、有力選手を擁する強豪チームは、すべてこのフランス製タイヤを装着していた。

 ブリヂストン勢は、2003年にホンダ系チームから玉田誠が参戦を開始。2004年にはカワサキを自陣営に引き入れ、2005年からはドゥカティに対してもタイヤ供給を開始することになった。この、ドゥカティのブリヂストン勢加入が「タイヤの技術開発に大きく寄与した」、と山田は後年に振り返っているが、ドゥカティ側の視点では、「ミシュランからブリヂストンへスイッチすることは大きな賭けだった。しかし、ホンダやヤマハと同じミシュラン陣営で3番手の勢力でいるよりも、ブリヂストンとともに挑戦する方を選択した」と、ある関係者は話している。

 この時代、レースでのタイヤ使用に制限はほとんど設けられておらず、ミシュランはフリー走行のデータをもとに決勝用のレースタイヤを徹夜で製作し、有力選手に供給するという離れ業を当たり前のように行なっていた。