ユーロ2024でウクライナ代表が訴えた厳しい現状 シェフチェンコや選手が発信する現実【ウクライナ人記者・特別寄稿】 (3ページ目)
【77のスタジアムを含む500を超える運動施設が破壊された】
近しい人々を失ったのは、彼らだけではない。予備メンバーのシャフタールに所属するGKドミトロ・リズニクの兄弟も戦死し、同じくシャフタールでプレーするイバン・ペトリアクの義父も天に召されている。こうした同胞の惨状が、ウクライナ代表チームに影響を及ぼさなかったはずがない。
あるいは初戦のルーマニア戦で予想外の大敗を喫したのは、このような背景からの心理的な重荷によるものだったかもしれない。近親者の命を失った事実、そして彼らのためにも好結果を出さなければならないと感じる責任が、選手たちの動きを硬くしたのではないか。
グループリーグ2戦目からメンバーを少し変えて気持ちを入れ直し、望みに近い結果を手にしたものの(ボロディミル・ゼレンスキー大統領のビデオメッセージが届いた日にスロバキアに勝利)、最終的に決勝トーナメントには辿り着けなかった。
「ウクライナを代表してプレーできることを、光栄に感じている。特にこの状況下において」と、ベルギー戦後にDFイリア・ザバルニー(ボーンマス)は話した。「祖国の人々が、どれほどこのフットボールの試合を楽しみにしていたか。僕たちはそれを知っているし、そのためにプレーした。国を守ってくれている兵士たちの多くは、このチームを熱烈にサポートしてくれている。本当にありがとう」。
ウクライナ代表のユーロ2024の旅は、多くの人が望んだよりも早く終わってしまった。しかし彼らが世界に与えたインパクトは、結果よりも大きいものだった。少なくとも、そう信じたい。
大会前に、チームのグループステージ突破と国際社会にウクライナの現状を伝えることのふたつを目標に掲げていたシェフチェンコ会長は、次のように総括している。
「(ふたつ目の目標は)間違いなく達成された。多くの人に、私たちの国の状況を知ってもらうことができた。たとえば、これまでに500を超える運動施設がロシア軍によって破壊され、そこには77のスタジアムも含まれている、という現実を」
フットボールにおいて、W杯に次ぐ規模のユーロというプラットフォームを用いて、世界中の人々に侵攻の代償の実態を、あらためて伝えた。人間の死がすぐそこにある引き裂かれた祖国で人々が望むものは、ひとえに平和なのだと。
ボフダン・ブハ
Bohdan Buha/キャリア20年超のスポーツジャーナリスト。『Ukrayinskyi Futbol』、『Sport-Express』、『Top-Football』といった国内のメディアを経て、2000年代から『UEFA.com』のウクライナ担当に。過去4度の欧州選手権を現地で取材している。ロシアの侵攻が始まってから、ウクライナ軍の兵士となり、激戦地バフムートなど前線も経験。複数の負傷により昨夏に除隊、回復とリハビリを経て、ジャーナリズムの現場へ復帰した。1982年生まれ。キーウ出身。
著者プロフィール
井川洋一 (いがわ・よういち)
スポーツライター、編集者、翻訳者、コーディネーター。学生時代にニューヨークで写真を学び、現地の情報誌でキャリアを歩み始める。帰国後、『サッカーダイジェスト』で記者兼編集者を務める間に英『PA Sport』通信から誘われ、香港へ転職。『UEFA.com日本語版』の編集責任者を7年間務めた。欧州や南米、アフリカなど世界中に幅広いネットワークを持ち、現在は様々なメディアに寄稿する。1978年、福岡県生まれ。
【画像】ユーロ2024&コパ・アメリカ2024 注目チームのフォーメーション
3 / 3