2019.12.11

165cmと172cm。70年代にバロンドールを
受賞した「小さな巨人」が2人いた

  • 西部謙司●文 text by Nishibe Kenji
  • photo by Getty Images

 子どものころからスポーツ万能で、弱小チームながらクリケット部のキャプテンであり、クロスカントリーをやり、元英国チャンピオンのボクシング・ジムにも通っていた。15歳の時、友人とともにノッティンガムからドンカスターまで50マイル(約80キロ)走破に挑戦。そのときに走るのがまったく苦痛でないことに気づいたそうだ。50マイル走は以後、プロとしてのプレシーズンの走り込みに役立ったと述懐している。

 日曜日の午前中に行なわれていた草サッカーリーグで対戦したDFに認められ、その選手の紹介で4部のスカンソープ・ユナイテッドとプロ契約。スカンソープはラグビー場をホームグラウンドにしていて、ゴールにはネットもなかった。練習場はコンクリートの駐車場。しかしキーガンはすべてのトレーニングを全力で行ない、競走にはすべて勝利した。後にリバプールで、このキーガンの姿勢はベテラン選手を苛つかせ、シャンクリー監督は「全部の競走に勝たなくていいよ」とキーガンに話したという。

 リバプールはキーガンをスターにし、キーガンはリバプールをヨーロッパ王者へ押し上げた。ホームのアンフィールドでの試合、コアサポーターが陣取るゴール裏のコップ・エンド側でシュートする時ほど緊張したことはないという。決定機を外してサポーターをガッカリさせたくなかったそうだが、実際にキーガンが外すと、サポーターは有名な『ユール・ネバー・ウォーク・アローン』(You’ll Never Walk Alone)を歌った。キーガンは涙を流したという。

 ハンブルクに移籍してのブンデスリーガ最初のシーズンは、環境に馴染めずに苦労もした。下部クラブとの試合で度重なるファウルに怒り、相手選手を殴り倒すとレフェリーの判定を待たずにフィールドを去るという事件も起こしている。しかし、それを機にドイツ語の習得に身を入れ、チームメートともコミュニケーションをとるようにした。次のシーズンはブンデスリーガ優勝を成し遂げている。