2019.05.30

CLとEL決勝のカードが示す
「フットボールをめぐる力の移り変わり」

  • サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper
  • 森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki

【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】
「サッカーの首都」になったロンドン(前編)

 ロンドン北部の殺風景な界隈に生まれたトッテナム・ホットスパーの新しいスタジアムは、「すばらしい」のひと言に尽きる。

 スタジアム内のクラフトビール店では、ビールがハンドフリーで注がれる。ビールを上から注ぐのではなく、カップの底から湧き上がってくる画期的なサーバーが使われ、1分間に1万パイントを用意することができる。ショップはすべてキャッシュレス。サウススタンドだけで1万7500人を収容する。ボーンマスのスタジアム全体を上回る人数だ。

 トッテナムの新しいホワイト・ハート・レーンは、フットボールをめぐる力の移り変わりを示してもいる。イギリスの首都ロンドンが史上初めて、このヨーロッパのゲームの首都になったのだ。

 今シーズン、ヨーロッパ規模の大会の決勝に進んだ4チームのうち、3チームがロンドンのクラブであることは、まったく偶然ではない。チャンピオンズリーグ決勝にはトッテナムが進出し、ヨーロッパリーグの決勝はアーセナル対チェルシーだった。これらはヨーロッパで最高のクラブというわけではないが、本拠地のロケーションのよさが、フットボールの伝統的な強豪と対等に戦う力を与えている。

ヨーロッパリーグ決勝の「ロンドン対決」を制したチェルシー photo by Getty Images フットボールの発祥から1世紀以上にわたり、ロンドンのフットボールはさほどの存在感を示さなかった。イングランドのプロリーグは北部と中部が中心で、1部リーグには1900年までロンドンのクラブがひとつも入っていなかった。イングランドで南部のクラブがリーグタイトルを獲得したのは、実に1930-31シーズンのアーセナルが初めてだった。

 しかし第二次大戦が終わり、イングランド北部の産業が不振に陥ると、フットボールの中心は南部に移っていく。1970年代初め以降、イングランドの上位2つのディビジョンでは、南部のクラブの数が北部勢を上回ることも多くなった。

 フットボールの経済学でもっともシンプルな法則は「質の高さは金で買える」だ。ステファン・シマンスキーと僕が共著『サッカーノミクス』(邦訳『「ジャパン」はなぜ負けるのか──経済学が解明するサッカーの不条理』)に書いたように、あるチームがリーグ戦で何位になるかを予測する最高の指標は、選手に払っている年俸だ(移籍金ではないので、念のため)。年俸がもっとも高いクラブがトップになり、もっとも低いクラブがいちばん下になる。