2021.12.30

「ストライカーとして死にかけていました」。ベガルタ仙台降格の陰に、FWとしての生き残りをかけて戦っていた男の葛藤

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki
  • photo by Getty Images

瀬戸際で戦った男たち(2)富樫敬真

 11月20日、仙台。富樫敬真(28歳、ベガルタ仙台)は2人一組のパス練習できびきびと動いていた。引き締まった顔に鋭気が満ちる。動きも俊敏で、体は絞れているようだった。

「FWとしての成長を、いつからか勘違いしていました」

 富樫は少し自嘲気味に言った。J1昇格を狙っていたV・ファーレン長崎からJ1残留を争う仙台へ。彼は何を求め、移籍したのか?

 2015年、富樫はJ1の横浜F・マリノスとの契約を大学時代に勝ち取っている。2016年にはリオ五輪代表候補に選ばれ、カップ戦を含めて25試合出場6得点を記録。アメリカ人の母のおかげか、上半身の筋力を生かしたキープ力は異彩を放ち、ヘディング、ボレーシュートを打つ感覚は非凡なものがあった。2018年にはFC東京に移籍。序盤は先発を確保したが、得点数は3と伸び悩んだ。

 2019年にはプレー機会を増やすため、J2町田ゼルビアに飛び込んだが、苦しんでいる。2020年は同じJ2の長崎に新天地を求めたが、やはり得点数を二桁に乗せることはできなかった。そこで巡ってきたJ1の舞台。残留争いだろうと何だろうと構わなかった。

「(長崎では)監督が代わったこともあって、なかなか出場機会に恵まれず、移籍の話が正式にきた時には迷いはなかったです。J2のクラブで出られないことに危機感は感じていました」

 富樫はそう言って、仙台移籍の経緯について説明している。

8月、J2のV・ファーレン長崎からJ1のベガルタ仙台に移籍した富樫敬真8月、J2のV・ファーレン長崎からJ1のベガルタ仙台に移籍した富樫敬真 この記事に関連する写真を見る 「J1では仙台以外のクラブからも話はもらい、移籍の準備だけはしていたのですが、なかなか正式な話にはならなくて。そこであらためて、仙台に声をかけてもらった。誰に引っ張られたのかという内情は聞いていませんが、手倉森(誠)監督は長崎でも一緒にやらせてもらっていたので......。(仙台が下から2番目という)難しいタイミングでの移籍でしたが、J1から呼んでもらえることはなかなかないので、残留させるため、"絶対に力になりたい"っていう思いでした」

 長崎での新婚生活では子供にも恵まれ、軌道に乗った生活を満喫していたが、迷いはなかった。ストライカーとして突き抜けたい。その野心に突き動かされた。