2020.10.24

無名で来日→まさかのブレイク。
Jリーグから大出世した助っ人たち

  • 原山裕平●文 text by Harayama Yuhei
  • photo by AFLO

 Jリーグの歴史を紐解けば、外国籍選手の存在を抜きには語れない。規格外のパフォーマンスで今季のJ1を席巻する柏レイソルのオルンガのように、いつの時代も強烈な"助っ人たち"がチームの浮沈を左右する影響力を放っている。

 開幕当初はジーコ、リトバルスキー、リネカー、ブッフバルトら、すでに峠を過ぎていたとはいえ、世界的な知名度を備えたスター選手たちで賑わった。しかし"バブル期"は長く続かず、各クラブは身の丈に合った補強にとどまり、ワールドクラスの獲得はほぼなくなった。

東京V時代のフッキはJリーグレベルを超えていた 近年になってようやく、親会社が世界戦略を打ち出すヴィッセル神戸がアンドレス・イニエスタ、ダビド・ビジャ、ルーカス・ポドルスキとビッグネームを次々に獲得し、大きな話題を振りまいた。もっとも、巨大なマーケットを備える欧州には太刀打ちできず、全盛期にある世界的名手は今なおJリーグの舞台でお目にかかることができていない。

 とはいえ一方で、来日時には無名であっても、Jリーグで下積み生活を送り、のちに世界に羽ばたいていった選手も存在する。今回はその中から、Jリーグで研磨を積み、母国の代表にまで上り詰めた選手たちを紹介していこう。

 その筆頭は、リーグ黎明期にヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)に在籍したアモローゾだろう。

 1992年7月にブラジルのグアラニからの期限付き移籍で加入した19歳のストライカーは、サテライトリーグで結果を出しながらも、当時最強を誇ったV川崎の分厚い選手層に阻まれた。外国籍選手枠の影響も受け、ついにJリーグの舞台に立つことがないまま、帰国の途についている。

 その意味ではJリーグの経験がのちの成長を促したとは言い難いが、日本一のタレント軍団のなかに身を置いた日常が、伸び盛りのティーンエイジャーのポテンシャルを開花させたことは想像に難くない。

 グアラニに復帰した1994年、アモローゾはブラジル全国選手権で得点王となると、ついには欧州移籍を実現。イタリアではウディネーゼで、ドイツではドルトムントでそれぞれ得点王に輝いている。