2019.10.29

磐田GKカミンスキーの食卓には和食と餃子が並ぶ。「日本に来て正解」

  • 井川洋一●構成・文 text by Igawa Yoichi
  • 木鋪虎雄●撮影 photo by Kishiku Torao

Why JAPAN? 私が日本でプレーする理由

ジュビロ磐田 カミンスキー(1)

今年27シーズン目を迎えているJリーグは、現在、じつに多くの国から、さまざまな外国籍選手がやってきてプレーするようになっている。彼らはなぜ日本でのプレーを選んだのか。日本でのサッカーや、日本での生活をどう感じているのか? この連載では、彼らの本音を聞いていく。

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 9月中旬、ジュビロ磐田のトレーニング場には、残暑というより、真夏の陽気がそのまま続いていた。インタビューに指定されたモダンな部屋にも、大きな窓から陽射しが差し込んでいた。「ハロー!」と言いながら、クシシュトフ・カミンスキーがやってくると、そこはさらに明るくなったような気がした。このポーランド人守護神の自然な笑顔と快活な言動によって。

日本でプレーして5シーズン目になるカミンスキー「インタビューは30分? そんなことは言わずに、もっとたくさん話そう。今日は時間があるんだ」

 そんな風に、現在28歳のGKは何事にも前向きに臨むようだ。フットボールのキャリアも、まずはトライするところが出発点だったという。

「正直に言うと、最初はGKをやりたくなかったんだ」とカミンスキーは打ち明ける。

「元々はウイングだった。でもたしか12歳の頃に、セミプロのクラブから練習に誘われて、そこでコーチに勧められたんだ。あまり気が進まなかったんだけど、まずはやってみようと思って。そうしたら、ものすごく楽しくてね。周りの人にも褒められて、その気になっていったよ」

 2歳年上の兄ラドスラフ(2015年に藤枝MYFCに所属したDF)と「いたずらばかりしていた」少年は、そこからプロのGKを目指すようになり、ついには夢を叶えた。母国の4部リーグのチームを皮切りに、4年で1部リーグに到達。ポーランドの古豪ルフ・ホジュフでプレーし、契約最終年の3年目の冬に磐田からオファーを受けた。2014年12月のことだ。

 しかし日本を含むアジアのリーグに、ポーランド人選手が在籍した前例は少ない。だから決断にはそれなりに時間を要した。それでも、もとよりポジティブに挑戦を好む性質と、磐田側の熱い想いがカミンスキーを未踏の地に向かわせた。