2019.02.09

現役21年目の我那覇和樹。変わらぬ
川崎への想い「感謝しかない」

  • 木村元彦●文&写真 text&photo by Kimura Yukihiko

★日本サッカーを救った男の現在地 後編

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 JSAA(日本スポーツ仲裁機構)での仲裁をJリーグ側が拒んだために、我那覇和樹はスイスに本部があるCAS(スポーツ仲裁裁判所)に提訴をするしかなくなってしまった。JSAAは5万円で申し立てができるが、CASは提訴の費用だけでも軽く1000万円を超える。冤罪被害者である我那覇は、経済的にも大きな負担を負うこととなった。

カマタマーレ讃岐と応援してくれるサポーターのために、活躍を誓った我那覇和樹

 ここでJリーグの選手会と川崎のサポーターたちが我那覇のために募金に奔走する。選手会は藤田俊哉会長(当時名古屋グランパス)が、サポーターグループは川崎華族の山崎真が中心になり、その輪を広げていった。藤田の提唱にはすべてのチームの選手会が賛同し、山崎たちの行動にはフロンターレ以外のチームのサポーターまでも共鳴し、募金に協力をしてくれた。2連覇をした最強フロンターレの若いサポーターたちには12年前のそんな歴史もぜひ知っていてもらいたい。

 2008年5月27日、CASの裁定が下された。「本件の特殊な事実と事情に鑑み、パネル(CAS陪審員)は、我那覇選手はまったく過失なく行動したとの結論に至った。よって、本件上訴を認め、我那覇選手に関する本件処分は取り消され、申し立て人が求める救済をここに認める」(CAS裁定文)

 我那覇は真っ白だった。しかし、Jリーグの鬼武健二チェアマン(当時)はここに及んでも非を認めず、我那覇への処分は撤回したものの、川崎から徴収した制裁金1000万円を返還しないという意向を示した。これは、判決文が我那覇への制裁を取り消せと言っているのに「ドーピングであったか否かには触れていない」という詭弁を弄した潔さを欠く行為であったが、このことで各メディアはまた「川崎への制裁金は返還されず」と見出しを打ち、あたかもグレーな決着であったかのような印象を与えてしまった。鬼武チェアマンに30分でもWADA(国際アンチドーピング機構)規定を読み込む責任感と能力があれば、完璧に無罪であると断じられたはずであるのだが。