ドイツW杯にサプライズ選出された巻誠一郎だが、ジーコが求めるものは自らの持ち味とは違った (3ページ目)

  • 佐藤俊●取材・文 text by Sato Shun

 ドイツW杯を戦う23名のメンバーのなかには、「初めまして」という選手が何人かいた。巻はそういった選手たちに挨拶しに行って、「自分はこういうプレーが得意です」と説明して回った。練習で理解してもらおうと思ったが、戦術的な練習が少なく、自分のよさを理解してもらうチャンスがほとんどなかったからだ。

「W杯前までに、僕と主力選手がお互いの特徴をわかり合う、という時間はなかったです。ジーコさんからは『ボックス内で勝負してほしい』と言われていました。でも、僕はそういう選手じゃなくて、守備にも攻撃にもアグレッシブにいってよさが出るタイプ。求められることはわかるけど、それでは自分のよさを出すのは難しいと思っていました」

 所属のジェフで巻が輝いていたのは、攻守にアグレッシブに動き続け、チャンスになれば前に突っ込んでいく、そうした泥臭く、献身的なプレーを見せていたからだ。そういった巻のプレーを、オシムも「(ジネディーヌ・)ジダンになれないが、ジダンにないものを持っている」と言って評価していた。

 だが、ジーコはストライカーとしてボックス内にとどまって攻撃の起点となり、得点を決めきることを望んでいた。日本のFW陣には、クロスやセットプレーで勝負できる高さのある選手が巻しかいなかったからだ。

「ドイツに入ってからも『ボックス内』と言われたけど、『動いちゃダメなのかぁ』とか考えながら、手探り状態でプレーしていました」

 いろいろと考え、悩む巻に、アドバイスをしてくれるだけでなく、積極的に声をかけてきてくれたのは、中田英寿だった。

「代表では、ヒデさん(中田英)と一番よく話をしていました。最初に『ジーコには"ボックス内で待っていろ"って要求されたんですけど、僕はこういうプレーが得意なんです』という話をヒデさんにしたんです。そうしたら、『1回、ボックスの外で起点を作らないと中に入っていけないよね』とか、いろいろとアドバイスしてくれたんです。

 それから、よく話をするようになって、『一緒にトレーニングやろうぜ』とか、声をかけてくれたりして。ヒデさん、めちゃいい人だなって思っていました」

 大会が進むにつれ、中田英はチーム内で孤立を深めていくが、巻は別の見方をしていた。

「僕のことも"チームのために"って思って、話をしてくれたんだと思います。僕はヒデさんが一番チームのことを考えていたんじゃないかな、と思いますね」

 W杯開幕を目前にして、チームは親善試合のドイツ戦で互角の戦いを演じ、"日本、強し"を印象づけた。その試合をベンチから見守っていた巻も「これなら」と本番への期待が大きく膨らんだ。

3 / 4

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る