サッカー日本代表ワールドカップ最終予選も酷暑との戦い 9月のアウェー・バーレーン戦は相当な厳しさに
連載第11回
サッカー観戦7000試合超! 後藤健生の「来た、観た、蹴った」
なんと現場観戦7000試合を超えるサッカージャーナリストの後藤健生氏が、豊富な取材経験からサッカーの歴史、文化、エピソードを綴ります。今回は前回に引き続き「酷暑」の話題。後藤氏が「いちばん暑かった」という試合はUAE (アラブ首長国連邦)での一戦だ。9月には日本代表のW杯アジア最終予選のバーレーン戦が行なわれるが、果たして......。
【過去いちばん暑かった試合】
日本列島の猛暑、酷暑は衰えることもなく、今では最高気温が35度以下になると涼しいと感じるようにさえなってしまった。
もっとも、日本列島というのは、20年近く前から世界でも有数の暑さに見舞われる地域になっていたように思う。
1999年にワールドユース選手権(現U-20W杯)の取材でナイジェリアに行くため、東京にあるナイジェリア大使館にビザをもらいに行った時、担当者に「ナイジェリアは暑いか?」と尋ねると、「東京のほうがずっと暑いよ。東京勤務の俺たちは夏場には暑熱手当をもらってるんだぜ」と言われてしまったこともあった。
27年前の1997年、酷暑のなかでのW杯予選を戦ったサッカー日本代表 photo by Getty Imagesこの記事に関連する写真を見る 僕がこれまで観戦してきた7376試合のうち、最も暑かった試合は日本国内の試合ではない。1997年9月19日。フランスW杯アジア最終予選のUAE(アラブ首長国連邦)対日本の試合。会場はUAEの首都アブダビにあるザイード・スポーツシティだった。
日本より暑い場所としては、米国カリフォルニア州のデスバレーなどもそうだが、人口の多い場所としてはアラビア湾(ペルシャ湾)地域もその一つだ。気温が高いうえに、ここでは湿度も非常に高い。
アブダビの人たちは「9月に入ってだいぶ暑さも和らいできた」と言っていたのだが、現地時間17時40分に試合が始まった時でも気温は35度近くあったし、湿度もたぶん80%くらいあったはずだ。本来なら試合はもっと遅い時間にすべきだったが、日本でのテレビ中継のために早い時間に設定された。
スタンドに座って試合を見ているだけで、気持ち悪くなるほどの暑さだった。
日本の試合を偵察に来ていた韓国代表の車範根(チャ・ボングン)監督は短パンだけ、上半身裸で試合を見ていた。
試合中にはメモを取るのだが、あまりに湿度が高いのでメモ用紙がベタベタになっていて、ページを繰るのに苦労した記憶がある。
観戦しているだけでそんな感じだったのだから、ピッチ上の選手たちはもっと大変だった。日本代表の10番をつけていたMFの名波浩(現、日本代表コーチ)は意識を失ったような状態だったらしい。僕の観戦メモにも前半25分過ぎたあたりで「10(名波のこと)。ストッキングを下ろし、動きも悪い」とわざわざ書いてある。
ただ、彼の名誉のために付け加えておけば、名波はすぐに元気を取り戻して90分間フル出場を果たした。僕のメモにも40分過ぎに「名波、動けるように」と書いてある。
これが、僕が過去に観戦した試合のうち、いちばん暑かった試合だ。
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著者プロフィール
後藤健生 (ごとう・たけお)
1952年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。1964年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、1974年西ドイツW杯以来ワールドカップはすべて現地観戦。カタール大会では29試合を観戦した。2022年12月に生涯観戦試合数は7000試合を超えた。主な著書に『日本サッカー史――日本代表の90年』(2007年、双葉社)、『国立競技場の100年――明治神宮外苑から見る日本の近代スポーツ』(2013年、ミネルヴァ書房)、『森保ジャパン 世界で勝つための条件―日本代表監督論』(2019年、NHK出版新書)など。