2013.10.26

都並敏史が語るドーハの悲劇。
「オフトは僕とだけ握手をしなかった」

  • 渡辺達也●文 text by Watanabe Tatsuya
  • photo by AFLO

 一度は「行かない」と決めていた都並が、なぜ急に「行く」ことにしたのか。左足が骨折していることを承知で、最初の決断をなぜ翻意したのか。実は、都並に近しい人間に背中を押されていた。

 ひとりは、JSL(日本サッカーリーグ)の読売クラブ時代から一緒にプレイしてきた親友の齋藤芳行(現浦安SC監督)だった。彼は、都並にこう言った。

「チームの戦略的にも、戦術面を考えても、おまえは(ドーハに)行く価値があるんだ」

 のちに都並が横浜FCの監督になったとき(2008年)、コーチを務めたのは斎藤だった。「芳行に言われたことが大きかった」と、サッカー界で最も信頼する男のアドバイスに、都並の気持ちは大きく揺れた。

 そして決定的だったのは、高校の同級生で、長年連れ添ってきた妻・ゆかりの言葉だった。清雲からの電話を受けて、斎藤に相談し、都並は4、5時間悩んでいたというが、最後に「みんなが『ドーハに行け』って言うんだけど、どうしようか」と妻に訪ねた。すると、彼女はこう言った。

「そんなの悩むなんて、パパらしくないよ。(ドーハに)行くべきでしょ」

「行ったら、俺の足、壊れちゃうぞ」と都並が答えると、こう返してきた。

「いいじゃん、壊れても」

 都並の気持ちは、それで固まった。

「うちのかみさんは、基本的に僕のサッカーのことに関しては何も言わない。試合も見に来ない。だた、体育大卒の根性系なんですよね(笑)。自分では『一生サッカーができなくなったらどうしよう......。子供は小さいし、家のローンだってあるし......』とか、現実的なことも頭をよぎったりしたんですけど、かみさんのそのスタンスに助けられましたよ。どうせ、最後は僕がなんとかしてくれると思っているんでしょうけど、そこまでの覚悟があるならいいかな、と思って。『本当に壊れちゃってもいいのか』って思いましたけど(笑)、逆にうれしかったですね、あの言葉は。最後は、かみさんのひと言で決めました」