【プロ野球】大洋監督・近藤貞雄に「リリーフは無理」「二度と使わん」と酷評された齊藤明雄が語る感謝「もう1年、やってもよかった」 (4ページ目)
【2年連続4位でも自然に起きた胴上げ】
1986年、齊藤を中心とする救援陣は充実していたものの、遠藤一彦を柱とする先発陣は駒不足。一方、攻撃陣は"スーパーカートリオ"を中心に、リーグ断トツの180盗塁を記録したものの、破壊力不足は否めなかった。
就任時は「2年の勝負」と意気込んでいた近藤だったが、チームは2年連続の4位に終わり、優勝を果たすことはできなかった。それでも、地元・横浜で迎えたシーズン最終戦に勝利すると、退任が決まっていた近藤はナインに胴上げされた。
「近藤さんは『いいよ』って言ってましたけど、みんな自然に胴上げしていましたね。それだけ選手に好かれていたんだと思います。要所では厳しさもあったけど、口うるさく、くどくど言わなかったですから。そのかわり、シーズンに向けた準備の段階では、一人ひとりによく声をかけていました。たとえば、ピッチャーには『この球種を覚えろ』とか。僕の顔を見るたびに『緩いカーブ投げんな』とかね(笑)。
そうやって選手一人ひとりをよく見て、育てて、できるだけ長くユニフォームを着させてあげよう、という感覚で指導し、起用する方でもあったんです。だから僕らも、『やってみようか』『覚えてみようか』という気になった。もう1年、監督をやってもよかったんじゃないか、という思いはありますよ」
1988年に先発へ復帰した齊藤は、1993年まで17年間にわたって現役生活を送り、通算601試合に登板して128勝133セーブを記録。史上3人目となる「100勝100セーブ」も達成した。
【近藤貞雄と新庄剛志の共通点】
引退後は横浜(現・DeNA)、ロッテでコーチを歴任し、解説者としても長年にわたって球界を見続けてきた。そんな齊藤の目から見て、近藤のような監督は今の時代に成立するのだろうか。
「近藤さんみたいな監督がいたら、面白いと思いますよ。ピッチャーの使い方を明確に決める人ですから。たとえば、『この先発は絶対に6回まで投げさせる』とか、選手の疲労を考えて中継ぎを2組つくるとか。今の監督で似ているとすれば、日本ハムの新庄(剛志)監督ですかね。ピッチャーの使い方もそうですし、足の速い選手を生かすところもそう。体が大きくて、球の速いピッチャーを揃えるところも似ていますね」
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