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【プロ野球】門田博光の加入で守ったレフトでもベストナインに輝いた石嶺和彦 「サッサ」という愛称は松永浩美がきっかけ? (2ページ目)

  • 浜田哲男●取材・文 text by Hamada Tetsuo

――1990年はレフトで123試合に出場し、37本塁打を放ってベストナインに選ばれました。石嶺さんの外野守備はいかがでしたか?

松永 下手ではないのですが、膝が悪いから守備範囲は少し狭かったと思います。ただ、1990年にはパ・リーグ最多の14個の補殺を記録しているように、もともとキャッチャーだったこともあって肩は強かったです。繰り返しになりますが、キャッチャーとして大成した石嶺を見たかったという思いは、今でもありますね。

【愛称が「サッサ」になった理由】

――(前編・中編を含めて)ここまでお話をお聞きしてきて、石嶺さんに対する松永さんのリスペクトがすごく印象的です。

松永 私の同級生は石嶺のほかに、福良淳一(オリックス)、真喜志康永(近鉄)、広瀬哲朗(日本ハム)、セ・リーグだと木戸克彦(阪神)、吉竹春樹(阪神、西武)、西田真二、金石昭人、津田恒実(3名とも広島)などけっこう多いのですが、私のなかで一番の選手は石嶺でした。同期でプロ入りして初めてバッティングを目の当たりにした時、素質は「絶対に負けたな」と思いましたからね。

――松永さんは、試合中にチームメイトに対してよく喝を入れていましたが、石嶺さんに喝を入れることはありましたか?

松永 石嶺に対しては一度もないですね。同級生なので、何か言おうと思えば言えるんでしょうけど、やっぱり「自分よりも上」という意識が、ずっと心のなかにあったからだと思います。

――ちなみに、石嶺さんはなぜ「サッサ」という愛称で呼ばれていたのですか? お名前とはまったく関係ないと思うのですが......。

松永 偶然が重なってできた愛称なんです。私や石嶺らが新人時代に合同で自主トレをしている時、雪が降ってきたんです。石嶺が雪を見て急に立ち止まったので、「どうしたの?」と聞いたら、「雪だよ、見て! 初めて見たよ」と。石嶺は沖縄で生まれ育ったから、雪を見たことがなかったんです。

 そのあと、手のひらに雪が乗るのを見ながら「ちゅうひーさっさー」と言ったので、「どういう意味なの?」と聞くと、「『今日は寒い』っていう意味だよ」と教えてくれたんです。沖縄の言葉だと「今日」は「ちゅう」、「寒い」は「ひーさっさー」なんだと。

 あと、ちょうどその頃に、金鳥のサッサという商品のCMが流れていて、誰かが「サッサ」と「ひーさっさー」を重ねたみたいで(笑)。さっさーと語尾をのばすよりも、サッサのほうが言いやすいということで、石嶺のことをサッサと呼び始めたんです。

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