【プロ野球】落合博満がコーチに招いた天性のバッター 同期の松永浩美に「このままでは勝てない」とスイッチヒッター転向を決意させた男 (3ページ目)
【落合ドラゴンズのコーチ時代に吐露した悩み】
――2004年に落合博満さんが中日の監督に就任した時、石嶺さんは打撃コーチとして招聘され、2011年に落合さんが退任するまでコーチを務めました。石嶺さんのバッティング技術を、落合さんも高く評価していたことがうかがえます。
松永 高く評価していたと思いますよ。そうでなければ落合さんもコーチとして呼ばないでしょう。一度、石嶺がコーチをやっている時に偶然会ったことがあるんですが、「(頭が)パニクってる。何を教えていいのかわからなくなってきた」と胸の内を吐露したんです。私にしか言っていないんじゃないかな。
――同期であり、ともに主力として切磋琢磨してきた松永さんだからこそ、本音が出たのかもしれませんね。その時に何かアドバイスしたんですか?
松永 「教えなくていいんだよ」と言いました。私は、選手が聞きにきた時だけ教えればいいと思うんです。今はYouTubeなどで、いろいろな人が「スイングはこうすべき」「メジャーで主流のスイングはこれ」などと話していますが、型にハメすぎですよ。私は野球教室では、子どもたちに対して「打つために何が必要なのか」という話しかしていません。
石嶺がどんな指導をしていたかはわかりませんが、彼には独特の感性があり、バッティングも特殊でしたからね。もしかしたら、自分の感覚を言葉にするのが難しかったのかもしれません。
――先ほど、石嶺さんに一目置いていたというお話がありましたが、常に意識する存在でしたか?
松永 意識していましたが、なんでなんでしょうね......。高校時代から名前を聞いていた、というのもすごく大きいと思います。沖縄(豊見城高)の石嶺の名が、北九州(小倉工業高)にいる自分のところまで届いていたくらいですから。(2年時に甲子園に出ていたとはいえ)九州大会で対戦したわけでもないのに、九州全域に伝わっていましたからね。
私の子どもたちは水泳をしていて、フリー(自由形)も平泳ぎも鹿児島県内ではトップクラスなのですが、「名前が他県にも広まらない限り、大したことないぞ」と発破をかけることがあるんです。それは石嶺の影響です(笑)。
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