飯田哲也の引退に「もったいない」と八重樫幸雄が思った理由。「あと4~5年は現役を続けられた」 (3ページ目)

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi
  • photo by Sankei Visual

【もっと活躍できたはずなのに......】

――さて、飯田さんは2004(平成16)年までヤクルトでプレーをして、05年には楽天に移籍。翌06年に現役を引退しました。飯田さんの現役晩年、八重樫さんは指導者になっていました。この頃の飯田さんをどのように見ていましたか?

八重樫 「あぁ、もったいないな......」と思っていましたね。というのも、若い頃から天性の素質でプレーしていたから、故障をしたり、ベテランになったりして体がいうことを利かなくなると急激に衰えていった感じなんです。僕らが指導しても、あまり響かないというか、ほぼ効果はなかったですよ。

――確かにひざの故障もあったけれど、真中満さんにレギュラーの座を奪われてからは急激に成績が下降していますね。

八重樫 飯田は試合に出続けることで、コンディション維持をしていた部分もあったと思うんですよ。でも、試合に出る機会が減っていくと、技術的にも、体力的にも、ベストの状態を維持できなくなっていった。もちろんケガの影響もあったけど、プロ野球選手はみんな、どこかしら故障を抱えています。それとどうやってつき合っていくかという部分でも、もう少し真剣に自分と向き合ってもよかったのになと思います。

――指導者として、八重樫さんのなかにも悔いが残っているんですか?

八重樫 確かに「もっと何とかできたのに......」という思いはあるけど、飯田の場合は教えすぎるとダメになるタイプでもあるから、その点は難しかったです。彼がもう少し、練習方法やコンディション維持に意識を持っていれば、あと4~5年は現役を続けられたんじゃないですかね。

――現役引退後は、ヤクルト、ソフトバンクで外野守備・走塁コーチを務めました。指導者としての道を歩みつつ、現在は評論家となっています。

八重樫 天性の素質でプレーしていた選手が指導者となった時に、どんな指導をするのかという点は、とても興味深いですね。今はユニフォームを脱いでいるけど、また現場に戻ることもあるはずだから、その時にどんな指導者になっているのか。今後に期待したいです。

――あらためて、飯田さんについての印象、感想を教えてください。

八重樫 親からもらったすばらしい能力を、ノムさんに見出されて活躍した野球人生。グラウンドでプレーするのが楽しくて仕方ないというのが見ていて伝わってくる選手でした。飯田の守備にどれだけピッチャーが助けられたことか。彼がいたからヤクルトに黄金時代がもたらされたのは確かだったと思いますよ。

(第93回につづく>>)

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