2021.09.13

阪神の編成部長となった根本陸夫信者の最初の大仕事は「24人戦力外」の血の入れ替えだった

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki
  • photo by Sankei Visual

 天国からの助言を得た黒田は編成の道を選び、2001年から球団本部付部長に就任。2003年から編成部長となった。野村に替わって2002年から監督を務めた星野仙一は明治大出身。黒田の1年先輩で、六大学時代からよく知る間柄だった。4年連続最下位の阪神を4位に引き上げた星野は、補強はもとより大胆な戦力整備に着手する。

 その戦力整備自体が、黒田にとって、編成部長として最初の大仕事となった。24人もの選手を戦力外にした、いわゆる<血の入れ替え>である。当時、星野が断行したと伝えられたが、実際には黒田らフロントの仕事だった。

「監督は戦力外にする選手を決めても、通告するのは我々フロントですからね。本社から来た球団本部長とふたりでやったんですけど、『しんどいですねえ!』って言うてましたよ。そら、就職をどうするかとか聞かなあかんし。いろいろ世話しましたよ。選手を社会人のチームに入れてもらったりね」

 編成トップとしては、根本に言われたことを思い出しながら仕事にあたった。「シビアに自分の観念で見ていきなさい。人に相談しないで」という言葉が頭に響いていた。球団の上層部には相談するが、たとえば、スカウトとはなあなあの関係にならないように努めた。これはドラフトの際に生かされたという。

「本部付部長時代の話ですが、法政大の後輩でもある安藤優也を獲った。当時、安藤はトヨタ自動車にいて、スカウトのひとりが『トヨタは巨人とのつながりが強いから、安藤は巨人に決まってますよ』と言うわけです。僕は『そんなことないやろ』と言って、ちゃんと調べてもらったら、じつはまったく決まってなかった」

 血の入れ替えとドラフト戦略、さらに金本知憲、伊良部秀輝の加入が功を奏した03年、阪神は18年ぶりのリーグ優勝を成し遂げる。さらに同年のドラフトでは早稲田大・鳥谷敬の獲得に成功したが、この時は黒田の球歴に深く絡んだひとりの野球人、岡田悦哉が活躍した。