大学野球の強豪・専修大のキャプテンは指定校推薦入学 肉体強化に成功して春からは社会人野球入り
専修大・小柴滉樹インタビュー(後編)
佼成学園から指定校推移戦で東都大学リーグの名門・専修大に進学した小柴滉樹。入学当初はベンチ入りどころか、寮にも入れない日々を過ごした。しかし、努力を重ねてようやくベンチ入りを果たしたが、さらなる試練が待ち受けていた。
大学卒業後は15年ぶりに活動を再開する社会人野球の日産自動車に進む小柴滉樹 photo by Ohtomo Yoshiyukiこの記事に関連する写真を見る
【ミス連発で1部昇格を果たせず】
2022年秋、専修大学は2部で優勝を飾った。念願の1部復帰を果たすためには、1部最下位の駒澤大を倒さなければならない。しかし、入替戦に出場した小柴はバント失敗、守備でもミス......結局、1勝2敗で負け越し、1部昇格を果たせなかった。
「独特の緊張感があり、自分が思うようなプレーができませんでした。セカンドを守っていても不安しかありませんでした。『ボールが飛んでこなければいいのに』とマイナスなことばかり考えて......失敗した時にはキツいヤジが飛んできましたし、精神的に追い込まれました。自分がみんなの足を引っ張ってしまったと感じました。先輩方には本当に申し訳なかったです」
足りないものがあると思い知らされた入替戦だった。3年生の春、秋のリーグ戦でレギュラーとして試合に出たものの、チームは優勝まで届かない。
「周りの人と比べると、ポテンシャルとサイズが違う。自分が劣っていることを自覚したうえで、彼らの平均値まではある程度上げていかないといけない」
小柴は徹底した肉体強化を目指した。スピードと柔らかさを維持したまま、体重を増やすのは難しい。
「いい成績を安定して残すためには、今のままじゃダメだと思ったので体重を増やしました。食べることとウエイトトレーニングの両方ですね。やればやるほど、『もっとやらなきゃ』となるんですよ。体がデカい人ほどよく食べます。それでまた大きくなる。活躍している先輩を見て、間違いないと思いました。バットを軽く振っても遠くまで飛んでいくし、打球のスピードが違いますね」
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著者プロフィール
元永知宏 (もとなが・ともひろ)
1968年、愛媛県生まれ。 立教大学野球部4年時に、23年ぶりの東京六大学リーグ優勝を経験。 大学卒業後、ぴあ、KADOKAWAなど出版社勤務を経て、フリーランスに。著書に『荒木大輔のいた1980年の甲子園』(集英社)、『補欠の力 広陵OBはなぜ卒業後に成長するのか?』(ぴあ)、『近鉄魂とはなんだったのか? 最後の選手会長・礒部公一と探る』(集英社)など多数。2018年から愛媛新聞社が発行する愛媛のスポーツマガジン『E-dge』(エッジ)の創刊編集長