2020.05.11

横浜高校・渡辺元監督が感謝する本塁打
「長くできたのはあの1本のおかげ」

  • 楊順行●文 text by Yo Nobuyuki
  • photo by Ohtomo Yoshiyuki

 そう感じた渡辺は、教員免許取得のために関東学院大に通いはじめる。同時に「横浜百人の会」という団体にも名を連ね、異業種や違った分野の人々と交流した。

 白幡憲佑(元全日本仏教会理事長/故人)ら高僧の話を聞き、そのつながりで知り合った山口良治(元伏見工ラグビー部監督)とは兄弟のような付き合いをした。

 すると、選手との距離感、そして野球を見る視野が広がった。

「たとえば、手取り足取り教えるのではなく、黙って見守るのも指導だと考えるようになりました。あとで言葉をかければ、『見ていてくれたんだ』という信頼が築けるんです」

 初めて夏の甲子園に出場したのは1978年のことである。愛甲猛(元ロッテなど)が入学し、甲子園でも初戦で徳島商に2失点完投、11奪三振と、その才能を見せつけた。ところが......である。

「甲子園から帰って新チームがスタートし、秋の大会が終わったあと、愛甲が練習に出てこなくなったんです。寮からもいなくなりました。1年生で活躍して騒がれて自分を見失ったのか、上級生のやっかみもあったんでしょう。愛甲の家がある逗子まで何度も迎えに行き、説得しました。ところが、気持ちは変わらないと。もう手は尽くした、しょうがないと......。

 そうしたら、愛甲が警察に補導され、私が迎えに行ったんです。それをきっかけに我が家で預かることにしたんです。愛甲は家庭環境が複雑で......口にできない寂しさもあったんでしょう。ひとりでは心細いと思って、同級生の安西(健二/元巨人)も一緒に住ませました。そこからやっと、愛甲が練習に戻ってきたんです」