母・千洋さんが語る田中希実のパリオリンピックに至るまでの揺れる心情 母としては「結果よりも......親バカです」 (2ページ目)
【心穏やかにパリ五輪に出発した田中】
日本選手権後に千洋さんは、「夜中までしつこく、うるさく自己主張されて支える気力がなくなった」と、自身のSNSに書き込んでいる。おそらく田中が千洋さんに愚痴を言うのと同じで、千洋さんも周囲の人たちに愚痴を聞いてもらうことで手がかかる長女と向き合うことができるのだろう。
千洋さんが(もちろん健智コーチも)、田中を見放すようなことはない。その理由を「ひとりにしたら怖いですから」と冗談めかして答えてくれたが、愛娘を見放さないことに理由など要らないのは当然だ。
パリ五輪で戦うための準備は整った。日本選手権後に出場したDLモナコ大会の後は北イタリアで高地練習を積み、パリで千洋さん、妹の希空さんとも合流して数日を過ごした。
「今回は穏やかな気持ちで日本を7月8日に出発しました。これまでお世話になった方たちから、希実のイラストを描いた旗に寄せ書きをしてもらうことができたのがよかったです。ふたりのオリンピアン、市川良子さんと小林祐梨子さんからもお言葉をいただき感謝しています。熊本陸協の方々が小野市まで激励に来てくださったり、兵庫県選手権で壮行会をしていただいたり、希実の10年来の"心友"の方にも1年以上ぶりに会うことができたり。最高の出発前になりました」
家族に対しては鬱陶しい性格になってしまうこともあるが、田中は周囲の人たちに愛されている。だから、ここまで強くなれた。
「せっかくここまで頑張ってきたので、レース展開次第だと思いますが、パリではそれなりのタイムを残してほしいと思います。本人が納得できるレースをして、後でゴチャゴチャ言ってこないことが一番ですね(笑)」
健気(けなげ)に世界で戦う長女へ、注文を織り交ぜながら期待を話した千洋さん。最後は母親の顔になって、次のように話した。
「希実のレースを見るたびに結果よりも、こけずにゴールできるかどうかを心配しています。それは希空も同じです。応援してくださっている方たちはみんな、私と同じ気持ちで応援してくれていると思います。親バカです......」
田中のパリ五輪は、あとは東京五輪で躍動した1500mのみ。結果など気にしないで思いきり走ればいい。
著者プロフィール
寺田辰朗 (てらだ・たつお)
陸上競技専門のフリーライター。陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の"深い"情報を紹介することをライフワークとする。座右の銘は「この一球は絶対無二の一球なり」。同じ取材機会は二度とない、と自身を戒めるが、ユーモアを忘れないことが取材の集中力につながるとも考えている。「寺田的陸上競技WEB」は20年以上の歴史を誇る。
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