山を制する者が箱根を制す。3代目山の神・神野大地が語る5区のポイント「小涌園から最高地点までで全部を出しきること」 (3ページ目)

  • 佐藤俊●文 text by Sato Shun
  • photo by KYODO NEWS

「小涌園から最高地点までは、お客さんがほとんどいないんですよ。小涌園まではすごい人で、テンションを上げて走れるんですけど、その先は本当に人がいない。景色も同じだし、目印もない。次のカーブを曲がったら最高地点かな、もう終わりかなと思うんですけど、またカーブが出てくる。そういうのが10回ぐらい続くんです。坂がきついし、後半で体力も奪われている。うしろから追い上げられ、前とは詰まらない。そうしているとメンタルがやられて集中力がきれてくる。そのため、この区間でラップが落ちる選手が多いのかなと思います」

 山を制するには、寒さ対策も必要になってくる。スタート地点の小田原中継所と標高874mの最高地点の気温差は4度程度あると言われている。神野が出走した時は、最高地点にいる部の仲間から連絡が入り、気温は0度だった。前日は雪が降り、路面脇は雪の残りがあって滑りやすく、相当に寒かった。

「5区は、スタート地点よりも最高地点の気温を重視するのですが、服装がすごく難しい。たくさん着すぎてしまうと前半区間はキロ3分ペースで行けるのでけっこう汗をかくんです。でも、後半にペースが落ちて、上に登ると気温そのものと重なって体が冷えてくる。薄着で行くと後半寒くなるので、低体温症になりやすい。5度ぐらいだとランシャツで行けるけど、僕の時は0度だったのでTシャツにアームウォーマーをつけて、手袋を2枚していました」

 神野はスタート地点ではアームウォーマーを下げておき、坂を上って寒くなってきた時に上にあげ、低体温症に気をつけた。足をつるのは対処できるが、低体温症になると意識が朦朧として、フラフラになり、自分ではどうにもできなくなる。そういうシーンがたまに映像で流れているが、5区はそれほど苛酷な区間であるということだ。

 神野は、山を制するには、運も必要だと言う。

「山は気象条件も重要ですが、僕は自分が置かれたシチュエーションも大事かなと思います。あの時の青学大は、優勝を狙うチームで、みんなが一番になりたいという意欲に満ちて走っていました。僕は2番で襷(たすき)をもらった時、前をいく駒澤大とは46秒差。気持ち的にも乗っていけたので、きついなと思いながらも差を縮めて宮の下で追いついたんです。そこで一回リセットし、もう一回ペースを上げることができた。寒かったけど、風も雪もなく、相手を追いやすい状況で自分のペースで上れた。そういう運や運を引き寄せることも大事かなと思いますね」

 あらゆるものが整わないと山でタイムは出ないということである。そうなると山の神も簡単には生まれない。神野が山の神になった2015年以来、そう言われる選手は数名出てきたが、いずれも定着しなかった。各大学の監督は、そういう選手の登場を心待ちにしているが、それだけ山は重要だということである。神野が走った頃ももちろんだが、今も戦略的に山を制することが箱根を制覇するうえで重要なポイントになっている。

「他の平地区間で2分以上、差を詰める、広げることは難しいと思います。平地ではみんな、キロ2分52秒で行けと言われたら行けるけど、2分45秒で行けと言われると難しい。山ではみんなキロ3分45秒なら行けるけど、3分30秒は難しい。でも僕は3分30秒で行ける。平地では7秒差をつけて走るのも大変だけど、山では1キロで15秒差をつけられる。(平地では区間)全体で1分間は詰められても2分は難しいですが、山はそれが可能になる。一発逆転があるのが山で、だからこそおもしろい。そういう意味で、山は本当に特別な区間だと思います」
 
後編(区間記録保持者・館澤亨次が語る6区のポイント)はこちら>>

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