2021.06.27

「冬までE判定」から現役で京大合格。競歩で金メダルを狙う山西利和の受験と青春

  • 門脇 正法●取材・文 text by Kadowaki Masanori
  • photo by Kyodo News

―― 小学校を卒業後、中学1年の2学期に静岡から再び長岡京市に戻ってきたんですよね。久しぶりの生まれ故郷はどうでしたか?

「同じ長岡京市ではあるものの、市内の別のところに戻ったんです。そのため、知人がたくさんいるわけでもなく、まったく新しいところに来た感じでした」

―― 転校した長岡第三中学校では陸上部に入りますが、そのきっかけは?

「運動系の部活に入りたい気持ちがあって、特に長距離をやりたいなと。それで陸上部を選びました。入部後は、長距離(3000m)をメインにやっていましたね」

―― 中学校時代は塾にも通っていましたか?

「小学5年の終わりから引っ越す前の中1の1学期までは、静岡の地元の塾に、京都に移ってからは、いわゆる大手の進学塾に通いました」

――中学校で成績優秀だったのでは?

「はっきり覚えていないのですが、だいたい学年で5番ぐらいだったと思います」

―― 高校受験では、毎年京都大学に数十名の合格者を輩出する進学校・京都市立堀川高校を受けることになりますが、当時、堀川高校にはどんなイメージがありましたか?

「何て言ったらいいんですかね......。シンプルに行きたい高校でした。ちょっと変な言い方をすると、偏差値が高いという点は魅力でしたし、実際毎年たくさんの京大合格者を出している。だからこそ目指そうと思ったのは事実ですね」

―― そして、堀川高校の陸上部で、競歩と出会うことになるんですね。

「高校に入学するまでは競歩がどういう競技か知らなかったですし、大会などを見たこともありませんでした。それで高校で陸上部に入り、先輩がやっていたこともあって、何やら競歩という種目があるらしいことを知ったんです(笑)」

―― それ以降、競歩の魅力にどんどん引かれていったと。

「高校入学当初は中学同様、長距離をやっていたんですが、練習の一環として、競歩のトレーニングをやる機会がありました。その練習に取り組むなかで、『体をこういうふうに動かしたら、こんな動きができるんだ』という発見があって。それで興味を持ちましたね。僕の場合、競歩を知ったのと、やり始めたのはほぼ同時でした」

―― はじめるやいなや、1年生の8月に出場した京都府新人戦で優勝、近畿大会では4位入賞。2年のインハイで2位、3年のインハイで優勝、さらには2013年の世界ユース陸上競技選手権大会で金メダルを獲得するなど、輝かしい成績を残しました。

「競歩をはじめて以降、本当に無我夢中で練習に取り組んでいたので。それが成績に表れたんだと思います」