【平成の名力士列伝:魁聖】サッカーとサンバ嫌いのブラジル人の陽気な個性と「横綱戦全敗」という真っ向勝負の証し (2ページ目)
【サッカーとサンバ嫌いの飾らないブラジル人】
土俵を離れれば率直で飾らない好青年で、周囲からは笑いが絶えなかった。ブラジルといえばサッカーとサンバを思い浮かべるが、魁聖はどちらも「嫌いです」とキッパリ。サッカーは子供の頃、親に無理矢理やらされてから嫌いになったそうで、W杯期間中などにサッカーの話題を振られても、興味なさそうに生返事が返ってくるばかりだった。
その一方で、子供の頃から好きなのは「ゲームやアニメ。オタクですね(笑)」。本場所中も気分転換にオンラインの対戦型ゲームなどに興じ、場所後の休みなどは一日中ゲーム三昧。令和2(2020)年に結婚した日本人の夫人もインドア派で、一緒にゲームを楽しんでいるという。好きな飲み物は、お酒よりもコーラ。ブラジルでは、赤ちゃんの頃から哺乳瓶に入れて飲んでおり、昼食時だけで1.5リットルのペットボトルを空にし、国による味の違いもわかるという。それは、文化の違いを乗り越えて辛抱を重ねた高見山らの昭和の外国出身力士のイメージとは違う、個性的で新しい平成の外国出身力士のひとつの姿のようにも見えた。
そんな魁聖は、横綱戦37戦全敗という史上ワースト記録の持ち主でもある。白鵬に13敗、日馬富士に13敗、鶴竜に10敗、稀勢の里に1敗。大関戦は豪栄道から4勝したほか、把瑠都、照ノ富士、髙安からも1勝ずつ挙げているが、横綱にはどうしても勝てなかった。
不名誉な記録であることは間違いない。しかしそれは、横綱を相手にしても、白星をもぎ取るために立ち合いで変化をしたり、土俵際で逆転技に頼ったりすることなく、大きな体をまっすぐぶつけてひたすら前に出る、自分の相撲を貫き続けたからだとも言える。そんな姿勢は、勝負師としては物足りないかもしれない。しかし、明るく、飾らず、ポジティブに、自分の道を進み続ける姿は、魁聖らしい個性として、ファンの記憶に刻まれている。
令和4(2022)年7月場所、東十両11枚目で5勝10敗と負け越して幕下陥落が決定的となり引退。現役中に日本国籍を取得しており、相撲協会に残って年寄友綱を襲名した。現在は、現役時代に友綱部屋の兄弟子だった元大関・魁皇の浅香山部屋付きの親方として、後進の指導にあたっている。
【Profile】魁聖一郎(かいせい・いちろう)/昭和61(1986)年12月18日生まれ、ブラジル・サンパウロ出身/本名:菅野リカルド/所属:大島部屋/初土俵:平成18(2006)年9月場所/引退場所:令和4(2022)年9月場所/最高位:関脇
著者プロフィール
十枝慶二 (とえだ・けいじ)
1966(昭和41)年生まれ、東京都出身。京都大学時代は相撲部に所属し、全国国公立大学対抗相撲大会個人戦で2連覇を果たす 。卒業後はベースボール・マガジン社に勤務し「月刊相撲」「月刊VANVAN相撲界」を編集。両誌の編集長も務め、約7年間勤務後に退社。教育関連企業での7年間の勤務を経て、フリーに。「月刊相撲」で、連載「相撲観戦がもっと楽しくなる 技の世界」、連載「アマ翔る!」(アマチュア相撲訪問記)などを執筆。著書に『だれかに話したくなる相撲のはなし』(海竜社)。
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