2014.12.29

東京五輪から50年。さまざまな再会があった2014年

  • スポルティーバ●文 text by Sportiva
  • 五十嵐和博●写真 photo by Igarashi Kazuhiro

 1964年に開催された東京五輪の開会式からちょうど50年後の今年10月10日。都内のホテルで記念式典が行なわれ、日本のスポーツ関係者はもちろん、東京五輪に出場した各国の元選手たちが集まり、旧交をあたためた。その中にベラ・チャスラフスカさんの姿もあった。

10月に来日したベラ・チャスラフスカさん チャスラフスカさんは1942年生まれのチェコ(当時はチェコスロバキア)の女子体操選手。東京五輪では平均台と跳馬、個人総合の3種目で金メダルに輝き、団体総合でも銀メダルを獲得している。またその美貌から大変な人気を集め、「五輪の名花」と称えられた。まさに東京五輪の「顔」と言っていいだろう。

 4年後のメキシコ五輪でも4個の金メダルと2個の銀メダルを獲得、体操史上に残るアスリートとなったわけだが、彼女が特に日本において特別な存在として語られるのは、その成績だけが理由ではない。

 式典翌々日の12日、チャスラフスカさんの東京での1日に取材のため同行した。その一部はニュース番組などでも紹介されたので、ご覧になった方もいるかもしれない。

 ホテルを出た彼女は都心にあるお寺に向かった。遠藤幸雄氏が眠るお墓参りをするためだった。遠藤氏は1937年、秋田県生まれの体操選手だ。日本男子が初めて団体総合で金メダルを獲得した60年ローマ五輪から3大会に出場し、三連覇に貢献(結局、日本男子は五連覇を達成)。東京五輪では個人総合と平行棒でも金メダルを獲得している。現役引退後も指導者として活躍、内村航平の時代まで連綿と続く体操王国を築きあげた立役者のひとりだ。

 東京五輪の個人総合金メダリストである遠藤氏とチャスラフスカさんは、64年より以前から固い友情で結ばれていた。数々のエピソードが残されているが、例えば東京五輪を前に、当時男子体操界を席巻していた跳馬の新技「山下跳び」を取り入れようとしていたチャスラフスカさんに、さまざまな助言を与えたのが遠藤氏だった。この新技を成功させたことが、金メダルにつながった。