2014.11.09

【バドミントン】20歳の桃田賢斗が語る東京五輪への思い

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by Sportiva

10月特集 東京オリンピック 1964の栄光、2020の展望(17)

 2020年の東京五輪で活躍が期待される若手選手として、フェンシングの宮脇花綸に続き、バドミントン界からは桃田賢斗に注目してみた。

 日本が初優勝を果たした今年5月の国別対抗戦トマス杯で、19歳だった桃田賢斗の活躍は衝撃的だった。

2020年東京五輪に向けて、まずは2年後のリオ五輪出場を目指すと語った桃田賢斗 決勝トーナメント準々決勝のフランス戦以外の5試合に、第2シングルスとして登場。準決勝の中国戦では世界ランキング6位の杜鵬宇を相手に、第1ゲームを23対25で奪われながらも第2ゲームからは攻めの姿勢に転じて逆転勝ち。その勝利で、日本チームの決勝進出も決めた。そして決勝のマレーシア戦では、ランキング27位のチョン・ウェイフェンを39分で退けて優勝への王手をかける活躍。5戦全勝で日本チーム初の世界制覇に貢献したのだ。

「あの中国戦はけっこう運も良かったし、ちょっと神がかったような試合でしたね。大会中は精神的にも充実していて。全勝したということより日本の優勝の方が嬉しかった」

 試合中はコーチのアドバイスも耳に入らないほど夢中だったといい、自分の直感を信じて、自分が感じたままにプレイしていたと振り返った。それが彼の今のプレイスタイルだ。

 そんな桃田がバドミントンを始めたのは小学2年のとき。姉の影響からだった。父親も熱心に応援してくれ、桃田自身も試合のビデオを何度も見ていたという。

「テレビで放送された国際大会の試合を録画したのをけっこう見ていましたね。自分は始めたばかりでシャトルがラケットにまともに当たらないのに、この人たちは何でこんなに的確にこんな速さで打つんだろうと思ってずっと見てました。すごくカッコ良かったから、『ああいう球を打ってみたい』と思うようになって真似をして。それがだんだん自分のものになってくると強い相手にも勝てるようになり、それでもっと強い人に勝ちたいと思い始めて……。そんな感じでした」

 周囲の人からは「あまり練習をしていない」と言われることも多いと言うが、自分は天才型というよりコツコツ練習して自分の技を磨いていくタイプだと笑う。初めて全国大会を制したのは小学6年の時。それをきっかけに中学校は地元の香川県ではなく、福島県の富岡第一中に進むことを決意。

「自分が進学することになっていた中学にはバドミントン部がなかったので、『じゃあ福島へ行こうかな』という感じでした。でも父は、自分には言わなかったけどけっこう悩んだらしくて。母ともけんかをしていたらしいです」

 こう言って苦笑する桃田だが、富岡では指導をしてくれたインドネシア人コーチの影響を大きく受けた。