村主章枝がソルトレイクシティ五輪で見せた強さ 観客の心をつかんだ『アヴェ・マリア』 (2ページ目)
【納得の滑りで5位入賞】
それでも2日後のフリーは、第3グループ1番滑走ながら、SP同様にスピードと流れのある滑りでわずかなミスだけに抑える納得の滑り。ジャッジ9名中1名が4位、6名が5位の評価の得点を出し、総合5位に上げる強さを見せたのだった。
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その1カ月後、長野で開催された世界選手権で村主はSP2位発進から総合3位で表彰台に上がると、翌2003年世界選手権でも3位になり、2004−2005シーズンはGPファイナルで日本人初優勝を果たす。
さらに、2006年トリノ五輪の出場枠がかかった世界選手権でもSP10位発進ながら、フリーで追い上げて日本勢最上位の5位になり3枠獲得に貢献した。
しかし、トリノ五輪シーズンになると股関節痛が悪化。GPシリーズ初戦のスケートカナダは、フリーでジャンプのミスを連発して8位と出遅れてしまう。NHK杯は2位と盛り返したものの、GPファイナル出場は逃してしまった。ファイナルには、年齢制限で五輪には出られない浅田真央を含めて3名が進出。五輪代表争いはGPシリーズの成績ポイントも選考基準に入るため、村主は厳しい状況に追い込まれていたーー。
<プロフィール>
村主章枝 すぐり・ふみえ/1980年、千葉県生まれ。幼少期をアメリカ・アラスカ州で過ごし、ウインタースポーツに親しむ。帰国後、6歳でフィギュアスケートを始める。1997年、16歳の時に全日本選手権で初優勝。以降、同大会で5回優勝。2002年ソルトレイクシティ五輪、2006年トリノ五輪で2大会連続入賞。日本人初となるGPファイナル優勝、四大陸選手権優勝3回など世界トップスケーターとして活躍。2014年、28年間の競技者生活を引退。2019年に拠点をアメリカに移し、コーチや映画プロデューサーとして活動する。
著者プロフィール
折山淑美 (おりやま・としみ)
スポーツジャーナリスト。1953年、長野県生まれ。1992年のバルセロナ大会から五輪取材を始め、夏季・冬季ともに多数の大会をリポートしている。フィギュアスケート取材は1994年リレハンメル五輪からスタートし、2010年代はシニアデビュー後の羽生結弦の歩みを丹念に追う。
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