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小説『アイスリンクの導き』第15話 「フィギュアスケーターの条件」 (2ページ目)

 会場にタクシーが到着し、翔平が慌ててタブレットをケースにしまう隣で、凌太が料金の精算を済ませる。車を出たところで、富美也がいた。同じグループだけに、ちょうど同じ時間にタクシーで到着したようだった。

「こんちはっす」

 富美也が凌太に向かって挨拶した。ギリギリの敬語で、含んだところがあるのだろう。凌太が富美也ではなく、翔平のコーチを引き受けたことが不満なのだ。

「調子いいらしいな」

 凌太が声を掛ける。

「フツーっす。凌太さんは元気っすか?」

「俺もフツー」

 凌太はそう言って笑った。富美也は不満そうに見えた。すべてが自分中心でないと許せないタイプで、怒りが収まらない。その独善的な執着心こそ、富美也の最大の才能なのだが、彼自身はそう言われるのが不本意だという。まるで、実力がないと言われているような気分になるそうだ。

 昔、富美也が凌太によく言っていた。

「凌太さんは、いつもクールに優勝していたじゃないですか? 俺も、あの感じがいいんすよ」

 しかし凌太自身は、それが限界だったことを知っていた。本当の勝負の場で、モノを言うのは「スケートへの熱量」である。それを日常的に放出しながら、練習を繰り返し、試合に挑む選手は巨大な存在になれる。びりびりと電流を放って、近づけないほどの覇気だ。

 翔平にも、富美也にもあって、凌太はそれがなかった。

「俺は誰にも負けないっすよ。自分のスケートは無敵だから」

 富美也は凌太に向かって言って、必ず後悔させてやる、という敵意を込めてきた。

「お前は相変わらず、いつも戦闘モード全開だな。疲れるから加減してくれよ」

 凌太はいなすように言った。

「凌太さんも、そういうところ変わらないっすね。じゃ、あとはリンクで」

 富美也はそう言って受付に向かった。

「頑張れ」

 凌太はその背中に声を掛けたが、返事はなかった。隣では翔平が目を丸くしていた。

「アップしよっか」

 翔平が言う。

「だな」

 凌太が同意した。すでに第2グループの戦いが火ぶたを切っていた。

「翔平さん!」

 朗らかな声が響いた。演技が終わって、クールダウンを終えた宇良が受付の向こうから出てきた。

「演技見たぞ! すごかったじゃないか?」

 翔平が声を掛けた。

「いや、まぐれです。できすぎだと思います。一生分の運を使いきったかもしれません」

 宇良はそう言いながらも、うれしさを隠せなかった。

「今までの練習が報われたんだよ」

 翔平は言ったが、それは凌太も同じ意見だった。複数のジャンプを偶然では跳べない。

「ばあちゃんからも、メッセージのスタンプがきました」

 宇良はそう言って、スマホの画面を見せた。おめでとう、を意味するパンダのスタンプだった。文字を打つのが苦手な祖母に、操作の手ほどきをしたのだという。

「よかったな。次のフリーは最終グループに入るだろうし、そこで頑張ったら、表彰台も夢じゃない」

 翔平が言う。

「いやいや、マジで最終グループとか緊張します。でも、翔平さんと滑れるなら、一生の記念になるかも」

「僕はまだ決まってない。勝負はわからないよ。大失敗するかもしれないし」

「本当は翔平さんの演技もここで見たいんですが、帰ってホテルのテレビで観ます。『すぐホテルに戻って、体をほぐしてゆっくりし、フリーに備えろ』ってコーチから言われているんで、今日はこれから帰ります」

「ゆっくり休んで」

 翔平が返した。

「翔平、そろそろ俺たちも準備するぞ」

 凌太が言って、それぞれが散った。

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