ブル中野がヌンチャクを武器とし男性ホルモンの注射を打ったわけ 人気絶頂の極悪同盟での苦悩も明かす

  • 大楽聡詞●取材・文 text by Dairaku Satoshi

ブル中野インタビュー 中編

(前編:15歳で全女に入り、約1年で極悪同盟に強制加入 ダンプ松本からは「半ハゲでいいな」>>)

 全日本女子プロレスでのデビュー2年目で極悪同盟に加入し、「悪役としてリングのなかで生きていこう」と覚悟を決めたブル中野。モヒカン頭、パンクをモチーフにしたヒールメイク、ヌンチャクを武器にユニットのNo.2として人気を獲得していった。

 誰もが知る悪役レスラーになったが、実はある危機感を覚えていたという。そう考えるようになった理由や、当時の悪役の苦しい立場などと併せて聞いた。

全女の極悪同盟時代のエピソードを語ったブル中野 photo by 村上庄吾全女の極悪同盟時代のエピソードを語ったブル中野 photo by 村上庄吾この記事に関連する写真を見る

【凶器がヌンチャクになった理由】

――なぜブルさんは凶器としてヌンチャクを使用していたんですか?

ブル:ダンプさんは竹刀やアルミ缶、クレーン・ユウさんは金属チェーンを使っていて、「おまえも何か持て!」と言われて......。それで私なりに、「クレーンさんが金属チェーンだから、ちょっと格下の自転車のチェーンにしよう」と考えました。でも、振り回したら自分も痛かったし、金属チェーン以上に殺傷能力があったので自転車チェーンは却下したんです。

 その後のある合宿で、コーチとして指導していただいた空手の山崎照朝先生から、私とクレーンさんはヌンチャクを教わったんです。本来、山崎先生はクラッシュギャルズのコーチだったんですけどね(笑)。練習を開始して早々、クレーンさんはヌンチャク練習をやめてしまったので、これはチャンスとばかりに、私は「ヌンチャクを自分の武器にしよう!」と練習に精を出しました。

――習得するまで、どのくらい期間がかかりましたか?

ブル:4、5カ月くらいかな? とにかく毎日練習しました。山崎先生からは「手の延長線上にヌンチャクがあると思えるくらいまで、ずっと握っていろ」と言われていたので、寝る時も握ったままでしたね。周囲からは、変な人だと思われることもありました(笑)。

 ヌンチャクを使用したコンビネーションはいろいろありました。なかなか練習する時間が取れなかったので、みんなが寝静まったあとにホテルの廊下で自主練習したこともあります。でも、「うるさい!」と怒鳴られたので、ホテルの外に出て練習を続けたり......。とにかく、ヌンチャクを自分の武器にしようと無我夢中で練習しました。

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