2020.01.22

内柴正人はアテネ五輪柔道66kg級金メダル
獲得になぜ感動できなかったのか

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by PHOTO KISHIMOTO

 五輪選考会では1回戦や2回戦を勝っただけで、喜びが爆発して涙を流していた、と言って内柴は笑う。だが、いちばん感動するだろうと思っていた五輪では、優勝しても泣けなかった。終わった瞬間には翌年の世界選手権のことが頭に浮かび、「来年はきついぞ!」と思って「震えが来た」と言うのだ。

「66kg級にデビューして1年。自分はまだこの階級では新人だし、もうちょっとチャレンジャーでいたいですよ。だから、日本に帰ったらメダルはどこかへしまって、もう一回やり直そうと思います」

 そう言って、ほがらかに笑った。

 その後、05年世界選手権は決勝でデルリ(ブラジル)に敗れて2位に終わった内柴は、07年世界選手権では代表入りを逃した。だが、08年北京五輪には出場し、準決勝ではアテネで対戦していなかったアレンシビアを優勢勝ちで降すと、決勝はダルベレ(フランス)を縦四方固めで破って五輪連覇を果たした。

 のびのびとした気持ちで、思う存分に柔道へ打ち込んだ結果が、五輪連覇につながったのだった。

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