2012.02.03

【プロレス】櫻井康雄×流 智美
「昭和のプロレスは立派な文化なんです!」

  • 中込勇気●取材・文 text by Nakagome Yuki
  • 本田雄士●写真 photo by Honda Takeshi

――80年代でいうと、どんな試合がオススメですか?

櫻井 藤波と長州の一連の「名勝負数え唄」ですね。長州が初めて勝った試合(83年4月3日、蔵前国技館)は3号に入れましたね。それと、藤波のジュニア時代もいいですよ。ニューヨークでやったカルロス・エストラーダ戦(78年1月23日、WWFジュニア王座を奪取=28号収録予定)、大阪寝屋川のチャボ・ゲレロ戦(78年10月20日)もすごかった。

 猪木とタイガー・ジェット・シンのシングルをまだ収録していませんね。

櫻井 それなら、「腕折り」の一戦(74年6月26日、大阪府立体育会館=20号収録予定)でしょう。あと、シンがはじめて猪木から3カウントをとった広島の試合(75年3月13日)もいいです。猪木vsスタン・ハンセンでいえば、猪木が逆ラリアットで勝った広島の試合(80年9月25日)がいいですね。ハンセンは79年から81年という最盛期に新日本にあがっていたので、一連の猪木戦は名勝負の宝庫です。


上田馬之助の思い出

――昨年末に亡くなった上田馬之助さんの試合を見たいという意見も多いです。

 86年3月26日、東京体育館での新日本とUWFの「5vs5イリミネーションマッチ」(9号収録済み)で、上田さんが前田日明を場外に道連れにしたシーンは素晴らしかったですね。本当に、剣豪上田馬之助みたいなね。上田さんのガッツを感じました。上田さんは日本人初にして最大のヒールであり、永久に彼を抜ける人は現れないと思いますね。上田さんとシンのヒールコンビが仲間割れしてシングルでやった試合もありますよ。猪木がレフェリーをやったんです。昭和53年9月19日の大阪府立体育会館でしたね(30号収録予定)。櫻井さんは上田さんとはお付き合いがありましたよね。

櫻井 もう彼がプロレスに入門したときからです。年は猪木よりふたつ上だけど、猪木の1年後に入門したんです。クソ真面目で練習熱心でしたよ。アメリカ武者修行時代も、達筆な字で律儀に手紙をくれてね、去年まで年賀状が来ていましたよ。上田は猪木のライバルとして、前座時代からよく闘っていた。猪木が東京プロレスから日本プロレスにカムバックしてきたとき、みんなが猪木に冷たくしていたなか、上田は猪木をあたたかい目で見ていたんじゃないかな。猪木がカムバック後の初練習をするというとき、私も青山レスリング会館に取材に行きましたけど、猪木は日プロの連中の輪に入っていけず端っこでプッシュアップをやっていましたよ。そこに上田がきて「向こうで一緒にやろうよ」と声をかけていましたね。

 すごくいい話ですね。