引退までの苦闘と輝き。ホルヘ・ロレンソは清々しい表情で去った (2ページ目)

  • 西村章●取材・文 text by Nishimura Akira
  • 竹内秀信●撮影 photo by Takeuchi Hidenobu

 ヤマハを離れ、翌17年にドゥカティへ移籍すると発表したのだ。

 ドゥカティとヤマハは、イタリアと日本という企業風土も異なれば、両社が製造するMotoGPバイクの車両特性にも大きな差がある。旋回性を生かすヤマハに対して、ドゥカティはエンジンの動力性能を武器にしている。強烈なブレーキングでコーナー奥深くまで突っ込んで小さく曲がり、コーナー出口から猛烈に加速して直線の高いトップスピードへつなげていくスタイルだ。

 それは、ロレンソがヤマハで培ってきたライディングスタイルとは、180度対極にあるマシン特性といっていい。

 だが、ロレンソがこのマシンを手なずけてドゥカティでも勝てれば、どのような特徴のオートバイでも自在に操ることができるライダーの技量と実力を満天下に示せるのだ。それが、彼が移籍を決意した大きなモチベーションのひとつだった。

 しかし、たとえ3回も世界タイトルを獲得した選手といえども、まったくキャラクターの異なるマシンに一朝一夕で順応するというわけにはいかない。

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